06
ふたりで部屋に入る。入口から短い廊下を進むと、簡素なつくりのドアと薄い壁に仕切られて、四畳半程度の広さの部屋がふたつあった。
「右と左、どっちがいい?」
彼が判断を委ねてくれたので、素直に、適当に利き手の左側の部屋を選んだ。
「俺、新田な、新田秋吉」
「あ、俺は吉瀬あー……比呂」
危ない。亜衣、と言ってしまうところだった。
「比呂か。可愛い名前」
「そうか?」
しょっぱなから馬鹿にされたような気分になるが、美形なので許す。言おう、私は現金な人間である。
左の部屋の床にボストンバッグを落とし、ベッドに座って一息ついた。
「おお」
「ん?」
秋吉が廊下のほうから声を上げた。
「シャワーとトイレついてる」
「マジで!」
大浴場とパンフレットに書いてあったから、どうしようかと真剣に悩んでいたのだ。個別にシャワーがついていてほんとうによかった!
簡素なシャワールームではあるが、ひとり感動していると、パンフレットを見ながら新田氏が呟く。
「大浴場もあるけど……行くか? 汗かいてんだろ」
「い、いや、わた……俺はいいよ」
「そう?」
私の挙動不審ぶりに首を傾げながら、新田氏は自分の部屋に入っていった。私も、荷物を整理すべく自分に割り当てられた部屋に戻る。ボストンバッグを開けると、一番上に入れたパジャマ代わりのスウェットの上に写真立てが乗っていた。こんなものを入れた覚えはない、と思いながら表返すと、一家四人で私たち兄妹の中学の入学式の際に撮った写真がはめこまれていた。
「母さん……」
思わず胸が熱くなってしまう。母は母でちゃんと私を想ってくれているのだ。まったく同じ顔をして、髪型だけが違う兄と私が、まったく同じ笑い方でカメラに向かっている。私はその写真立てを、つくりつけの勉強机の端に置いてまじまじと眺めた。見れば見るほど笑顔の兄が小憎たらしい。
さて、とっとと片づけてしまおう。
「比呂」
いきなり兄の名前で呼ばれ、激しく狼狽してしまい、しこたま抱えていた参考書を床に落としてしまう。
「何の音?」
ずかずかと部屋に入ってくる新田氏に、慌てて言い訳をする。
「ちょっと手が滑って……」
「一気に運ぼうとすっからだよ。……あ、家族写真?」
新田氏が目ざとく、机の上の写真立てを発見する。そして、手に持って覗き込む。
「この女の子、比呂と同じ顔してるな」
「二卵性の双子なんだけど、なぜか顔が同じで……」
「ふうん」
写真立てを戻す。それから、落とした参考書を拾うのを手伝ってくれる。いい人だ。しかも美形。時折手が触れたりする。世の女の子も垂涎ものの状況に、私は激しく興奮していた。聞いてみたい、しかし初対面だ、もう少し仲良くなったらくだけた話もできるだろう。私はそう考え、童貞ですかという質問を胸にしまった。
「俺大浴場行くけど、比呂はどうする? あ、行かないんだっけ?」
「うん、新田くんひとりで行ってきなよ」
「新田くんって堅苦しいな。三年間一緒の部屋だぜ?」
三年間新田氏と同室。
私今非常に感動しております。こんな、こんな美形男子と三年間の青春をともにできるなんて、非常に感動しております。途中で部屋替えなくてほんとうによかった。
「そ、そうだよね、なんて呼べばいいかな」
溢れそうな興奮を胸の奥のたんすに無理やり詰め込み、激しい動悸に見舞われながらも問いかける。
「秋吉でいいよ」
「あ、あきよし」
「うん。なんだよ、ぎこちねーな」
「あはは……」
「じゃあ、俺風呂行ってくるから」
「うん」
共同のドアの向こうに消えた秋吉の細い背中を見送る。たっぷり見送って、そして私はこみ上げる興奮を抑えることをしなかった。