02
「だから今日は、お父さんとの約束を反故にして俺といるのが賢くないか?」
「……でも約束したし、父さんも夏休みしかうちにはいないし」
父も、バカンスが終われば再びイギリスに舞い戻ってしまう。もちろん秋吉とよりは触れ合う機会も多いだろうが、問題はそこではない。
「お前マジで融通利かねえな」
秋吉の顔はずっと苦々しくて、せっかくの男前が台無しである。そうさせているのは私なのだが。
融通が利かないと罵られたものの、冷静に考えるとあの展開はちょっと私にはまだ早いような気もしたので、ここは融通が利かない吉瀬亜衣として受け流そう。正直なところ、未知の世界に足を突っ込んでしまうのが怖い気持ちもある。
「なんか、そういうのって」
「あ?」
「秋吉、わがまま」
秋吉が目を丸くした。
「はあ? お前に言われたくねえよ」
「会うだけじゃ駄目なの? しないと駄目なの?」
「……」
虚を衝かれたような顔をした秋吉は、私の湿った視線に慌てたのかあたふたと弁明を始めた。
「そうじゃねえけど、俺だって男だし」
「そんなの、見れば分かるよ」
「お前はお子ちゃまだから手つなぐくらいで満足かもしれないけど」
「私お子ちゃまじゃない!」
むっとして言い返す。そりゃ、私にはまだ早いとは思ったが、それはお子ちゃまとかそういう問題ではないのだ。だいたい秋吉がただれすぎている。それに秋吉は、言えば分かってくれるはずだ。日本語の分からないやりたいばかりのお猿さんではないのだから。
「秋吉、高校生らしい健全なお付き合いをしよう?」
「ああいうことは不健全だって言うのかよ、思春期にそういうこと考えるのがいけないのかよ」
「そうじゃないけど……いきなりは駄目だよ」
ぎゃんぎゃんと噛みついてくる秋吉に困り果てて正直なところを述べると、一応早まった自覚はあったらしい彼は黙り込んだ。
そのまま、無言で駅まで着いてしまう。改札の前でパスケースを探して鞄をまさぐっていると、秋吉にその腕をやわらかく掴まれた。ふと顔を上げる。
「……共学だからって、あんまり羽目外すなよ」
男の乳首当てゲームばっかりするなと言いたいのだろうか。兄の、やきもちやき、という言葉を思い出す。しかしそれにしてもだ。
「秋吉こそ、可愛い男の子のお尻ばっかり追いかけたら駄目だよ」
「……」
不穏な沈黙が流れる。離れている私たちのうち、浮気する可能性が高いのは絶対にどう考えても秋吉のほうだ。なんせ遊び人だし、元彼の数は枚挙にいとまがないし。
「逐一比呂に報告してもらうからね」
「俺ばっかり監視がついて不公平だ……」
ぶつくさ言いながら、私の腕を離す気配はない。
「あの、秋吉」
「あとこれだけ言っとく」
なんだ、と思いつつ見上げると、彼はすうと目を細めて優しく私を見下ろした。なにを言われるのか想像もつかないで、舐めるような視線に心臓の鼓動は速まる。
「スカート短い」
「…………え」
視線を下げて自分の膝元を見る。膝より十センチくらい上にあるスカートの裾。いや待て、秋吉も似合う、可愛いと。