01
「なんで起こしてくれなかったの!」
「起こしたわよ〜、あんたが寝たがったの」
「叩き起こしてよ!」
夜遅くまで髪の毛を巻く練習をしていたら、ものの見事に寝坊した。
お決まりの理不尽な文句を母にぶつけながら、朝食も食べずに身だしなみを整えて靴を履いて、寝惚けまなこの兄に見送られて家を飛び出す。駅まで走ってちょうどやってきた電車に飛び乗って時間を確認する。
「間に合わない……」
秋吉に少し遅れる旨のメッセージをしたためて送信し、ため息をつく。デートに遅れてくる女など論外だ。ありえない。
時間はきっちり守るタイプの人間なので、こういうちょっとしたことが許せない。それに秋吉だって、彼が時間にルーズなのかどうかまではよく分からないが、どう考えても遅刻するしないで考えたら、しないほうが望ましいに決まっている。
しかし私がいくら焦っても、日本の電車は時間通りに運行するのだ。あっさりと待ち合わせ時間を過ぎてもとことこと走っている電車に苛立ちながら、秋吉からの了承の返信を受け取ってがっくりと肩を落とす。
電車がようやく、待ち合わせをしている駅に滑り込む。さっさと電車を降りて改札を駆け抜け、待ち合わせ場所に指定した場所に急ぐ。
「あき……」
たくさんの待ち合わせをしているような人々の中に溶け込んだ秋吉は、ひとりではなかった。可愛い男の子と喋っている。その顔には見覚えがあって、たしか、正慶学園の二年か三年の先輩だ。秋吉と何度か喋っているのを見たことがあるので、もしかしたら元彼なのかもしれない。
私が呼び出された元彼にはあんなにすげなく冷たい態度で臨んでいたのに、今は笑顔で対応している。たぶん、私が秋吉と喋っているときも、他人にはこんなふうに見えているのだろうな、というふうに、彼からは恋心が丸見えだった。まるで、周囲にハートマークをまき散らすようなふんわりとした雰囲気だ。それを秋吉も分かっていてああしているのだから、悪い気はしていないのだろう。
立ち尽くして、少し離れたところからそれをじっと見ていた。会話の内容までは聞こえないけれど、他愛もない話なのだろう。それを思うと余計に息が苦しくなって、私は自分が遅刻していることも忘れてそこに棒立ちになっている。
ふと、秋吉が顔を上げてその目が私の姿を捉えた。
「あ」
「秋吉のあほ!」
それだけ叫んで人の波を縫って尻尾を巻いて逃げる。せっかく、メイクもしたのに、可愛いって彼が言ってくれたワンピースを着たのに、ちょっと高めのヒールのサンダルを履いたのに、それが全部台無しになってしまう。
人混みを掻き分けて走るうちに、なんだかよく分からない場所まで出てきてしまう。いつの間にか人ははけて、まばらになっている。そこの柱の陰でようやく私は立ち止まり、呼吸を整えながらとぼとぼと再び歩きだす。高いヒールのせいか足の爪先はちょっと痛いし、蒸し暑い中こんなに走ったらきっとメイクだって崩れている。もう散々だ。
彼女でもないのに、あんなふうに怒鳴られて、秋吉はきっと怒っている。そっと、膝上丈のワンピースの裾をつまんだ瞬間、後ろから勢いよく肩を掴まれた。
「わっ」
「吉瀬さん」
一瞬でも秋吉かもしれないと思った自分を殴り飛ばしたい。そこに立っていたのは、休日仕様の私服姿の青井氏だった。
「……青井くん」
「ちょうど、走ってくるの見えたから」
なんとなく、どころかすさまじくつまらない気持ちになってしまう。泣き出したいけれど、青井氏の前でそんなみっともないこと、隙を見せるようなことはできない。
けれど私の元気がないことくらい、あっさりと悟られて見破られていたようだ。
「どうしたの?」
「……別に、なにも」
「誰かと待ち合わせだったの? ひとり?」
「ひとり」
ほぼ反射でそう答えてしまう。秋吉はひとりじゃなかったけれど、私はひとりだ。
むすっとした私の表情をどう読み取ったかは分からない。青井氏は、じゃあ、とにんまり笑った。
「じゃあ、俺と買い物しようよ。俺もひとりなんだ」
「……」
なんかもうやけくそ。そんな表現がぴったりくる。なんかもうやけくそ。
私は頷いて、おとなしく青井氏についていくことにする。