01

 ずっと考えているが答えは出ない。
 秋吉がどういう意図で私の唇を奪ったのか、それがまったく分からない。
「楽しかった?」
「……うん」
「なんでうわの空なの」
 メイクを教えてくれた友達が興味津々で私のデートの成果を知りたがるも、私にだって想定外の成果が手に入ってしまったのだから、どうしようもない。
 一瞬のことすぎて余韻もなにもなかったし、私はあのとき結局秋吉が階段を軽快に駆け上がっていくのを見ていただけだった。帰りの電車内で唇に触れてみるも、特に感触が残っているとかそういうことはなくて、いつもの私だった。
「あのさ」
「ん?」
「付き合ってないのにキスとか、するのかな」
「されたの?」
「…………」
 友達が目を丸くして、私を見る。なにか考えるようにすうと目を細め、相手を知らないからこんなこと言うのもなんだけど、と前置きして話し始める。
「遊ばれてるか、それが告白の代わりだったとか、どっちかじゃない?」
「あそ……ばれ……」
 あまり気づきたくない現実を突きつけられて半泣きになりながら友達にすがりつく。
「やっぱり遊ばれてるのかなあ?」
「その人の性格的にどうなの?」
「遊びそう……」
「ええ〜?」
 大仰に驚いてみせた友達が叫ぶ。そんな反応をされても、秋吉は元彼が七、八人はいたとか言っているし、確実に遊び人の枠に入ってしかるべきだ。お姉さんの影響かなんだか知らないが、彼氏と間違われることも慣れていたし、服を一緒に選んでくれるあの底知れぬ優しさはなんだったのだろうと思うし。
 考えれば考えるほど、なにか裏があるのではないかと疑わしい。彼はいったい何をたくらんでいるのだ。
 ただ、女の子にまったく食指が動かないとか、そういうことではないのだなと思う。彼は、私のことを亜衣は亜衣だと言ったが、一応女であることに間違いはないのだ。そこはひとつ重要なところである。
「連絡取ってるの?」
「取ってるよ」
「なんか、それっぽいやり取りとか……」
「それっぽい、って?」
 首を傾げる。相変わらず私の勇気が足りず電話はできていないものの、メッセージのやり取りは交わしている。声だと緊張する、と言うより、通話中に沈黙になってしまったらどうすればいいのか分からないし、もともと無愛想な秋吉のことだ、すぐ沈黙になるだろうと容易に想像がつく。
「なんか、好きだよとか、ハートマークとか」
「ないよ! そんなの一ミクロンもないよ!」
「じゃあ……、確認してみたら? 私たち付き合ってるんだよね? って」
「それは、怖い……」
 秋吉は顔文字や絵文字などを一切使わない。なので、ハートマークなどなにがどう間違っても飛んできやしない。かと言って私のほうからあのキスのことについて言及するのは怖ろしくてできそうにない。
 もうすぐ、世間でいうところの夏休みがくるのだが、彼は夏休みまた遊ぼう、一日くれてやると言った。こんなもやもやした状態で曖昧に会うのは、なんとなく気持ちが向かない。どうせなら白黒はっきりつけたいし、秋吉が私のことをどう思っているのかも、ちゃんと知っておきたい。とは思うものの、いかんせん踏ん切りがつかない。優柔不断な私らしいぐだぐだ具合である。
「でも、いつかは明るみになることだよ。だったら傷は浅いうちがいいんじゃない?」
「なんで傷になるって思ってるの!」
 友達のあまりにもあけすけであんまりな物言いに噛みつくと、彼女は苦笑して言い訳のように告げる。
「今のは口が滑ったけど……でも、深みにはまってから遊びでしたって言われるよりはいいと思うな」
 まったくもって正論ではあるものの、私はすでに深みにはまってしまっている気がする。秋吉と過ごした濃い二ヶ月間とか、優しくしてもらった記憶だとかがよみがえって気がふさぐ。友達の延長みたいな気持ちでいるのかもしれない。
 私が、むっつりと黙り込むと、友達がそういえばと話題を逸らす。
「青井くんに返事したの?」
「……してない」
 青井くん、というのは、私に告白してきた、秋吉の言葉を借りるなら猛者である。もちろん断ろうと思って口を開けば、「まだ俺のこと全然知らないと思うし、知ってからふってもらったほうがいい」などというもっともらしい文句を練り上げてきて、結局私は未だお断りできていない。たしかに私は青井氏のことをよくは知らない、知らないけれど、秋吉のことを好きだし付き合う理由もないので、とっととふってしまいたい。

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