07

「姉ちゃんたちはこういうの着ないから、ちょっと新鮮だな」
「そうなの?」
「いかにも男好きしそうってか男受け狙ってる、コンサバっつうの、そんな感じ」
「ふりふり着ないの?」
「死んでも着ないと思う」
 強い否定に、お姉さんたちはいったいどのような格好をするのか考えてみる。いわゆる赤文字系の雑誌の服を着るんだろうか。
「私、こういうのが似合ううちにいっぱい着ておきたいんだ。大人になったらたぶん卒業するけど、今着たいものを着るの」
「いい心がけだと思う」
「そう?」
「男受けをまったく狙ってない感じが」
「…………」
 つまり、秋吉としてはこの店の商品は男受けしないと思っているのだろうか。
「いや、そういう意味じゃなくて、自分のために着飾るっていいなと思って」
 そうか、お姉さんたちは男性受けを狙って着飾っているのだっけか。なんとなくお姉さんの全体像がぼんやりとだが見えてきて、そりゃあ女性不信にも陥るかな、と思う。私のような女のひよっこは、今日はまだ秋吉のためにメイクをして髪の毛も整えてきたものの、男の人の目を気にして歩くことなどほとんどない。追々、そういうことも気にしていきたい。
 とは言え、私は自分の好きな服装を一生続けたいくらいの気持ちではある。もしかしたらこれから好みが変わるかもしれないけれど、それでもそのときどきで、自分の好きな服装をしたい。こんな考え方だからモテないのか。
「これ可愛いね」
「ああ、好きそう」
 チュールのミニスカートを示すと、秋吉は、好きそう、と言う。たった少し一緒に店を回っただけでなにが分かるというのだ、と思いつつ、趣味を把握してもらえていることにうきうきもしてしまう。
 結局、所持金の問題でその店ではなにも買わなかったものの、秋吉が似合う、そそる、と言ってくれたワンピースを手に入れたのでわりと満足している。
 少しお茶でもしていきたい、と思いつつ華奢なデザインの腕時計に目をやるのと同時に、秋吉も自分の腕時計を見た。
「……そろそろ帰らないとまずいかも」
「えっ、もう?」
 続けて時間を確認すると、たしかに、五時半少し手前だった。楽しい時間は経つのが早い。あっという間に終わってしまったデートにしょんぼりしながら、駅の方角に向かう。
 改札を通って、違う路線の電車に乗るためにホームの分岐点で少し立ち話をする。
「あの……比呂によろしく」
「おう」
「あと、薫にも……はよろしく言えないか」
「……」
「秋吉?」
「分かった」
 薫の話題を出すと不機嫌になるということは、まさかもしかして喧嘩中か。
「秋吉、薫と喧嘩してるの?」
「してないけど」
 明らかに機嫌が悪い。喧嘩もしていないなら、なぜこんなに仏頂面になるのだ。おどおどしながら、じゃあ、と手を上げて背を向けかける。
「亜衣」
 不意に呼び止められて振り向くと、やわらかく腕を掴まれた。
「夏休み始まるし、今度は一日な」
「え……?」
「喜べ、俺の貴重な一日を亜衣にやる」
 尊大な言い回しだとか、上から目線だとか、そんなことはどうでもよかった。今度がある、そのことがなによりも重大だった。
「ま、また会えるの」
「なんで会えねえんだよ」
 吹き出した秋吉に、すがりつくような視線を向けてしまう。実際、私は秋吉の腕にすがりついた。それをにんまりと瞳を歪ませて満足そうに見てから、彼は私に顔を近づけてきた。
 一瞬の、たった一秒も触れていなかった唇が離れていく。ぼんやりとそのきれいな顔を見つめていると、じゃあな、と彼は駅のホームへ向かう階段を上っていく。あっさりと、軽やかに。
 門限もない、縛られない私は、たっぷりとかなりの長い時間、そこに立ち尽くしていた。会社帰りと見えるスーツを着たおじさんたちが、私を邪魔と言わんばかりに押し退けて、じろりと見ていく。
 今のは、なんだったのだ。

 ◆

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