05
「なんか、せめて髪の毛がボブになるまで、こういう服着ないほうがいいかも……」
「なんで?」
「私が着たい着方にならない……」
「可愛いじゃん。似合ってるよ」
身体が強張る。ふと、なにを衒うわけでもなく落とされたその言葉が、あまりにも私の心に強く焼きついて離れない。
秋吉は、特になにかを意図して可愛いとか似合っているとか言ったわけではないのだろう。そう思ったから言っただけ。けれどそれが、逆に恥ずかしかった。
「に、似合ってるかな……」
「うん。亜衣が考えてる着こなしとは違うのかもしれないけど、俺はこういうの好きだよ」
「……そうなの?」
好き、という言葉が私自身に向けられたものではないことくらいは分かっていたけれど、どうしてもどぎまぎしてしまう。だって、私自身ではないけれど、私の一部に向けられたものであることは間違いないからだ。
「なんだろう、こう、ボーイッシュな髪型の子がこういういかにも可愛い服を着てるのって、ちょっとそそられるものがあるよな」
「……秋吉、女の子にそういう気持ちを抱くようになったの?」
「え……あ……」
とたんに動揺してあたふたしだした秋吉が、口元を片手で覆って隠した。
「そういうわけじゃなくて……ただ俺の中で亜衣は、女の子っていうより亜衣だから……なんて言うかな……つまり、俺の中で亜衣はちょっと特殊で、男として接してた時間のほうが長いからしっくりこないっつうか、でも今日会ったときすげえ女の子っぽくなってて正直びびったし……なにが言いたいのかよく分からなくなってきてるけど……とにかく、その服はいい感じに着こなせてるぞ」
ごまかすように咳払いをした彼の頬が少し赤い。照らし合わせると、秋吉は私にそそられるということか。と勝手に都合のいいように頭が解釈する。じわじわと緩みだす顔に気づいたのか、秋吉はばつが悪そうに私の髪の毛を手で掻き混ぜて乱した。
「買うの、買わないの」
「……買っちゃおうかな」
褒められたら買わないという手はない。私はもとより単純で現金な性格なのである。
服を包んでもらっているとき、にこにこと応対してくれた店員さんが何気なく言う。
「仲良しなんですね〜」
「あ、はい、まあ」
「うちの店ってけっこう女の子女の子してるんで、一緒に選んでくれる彼氏さんって珍しいかもしれないです」
「……」
思わず秋吉のほうを見る。彼はなにを気にするわけでもなく、ぼうっと突っ立っている。あまつさえ退屈そうに自分の爪先を見ている。
彼はなんとも思わなかったのだろうか、今の店員さんの言葉に。
包んでもらった服の入った紙袋を提げて歩きながら、私はそわそわと探りを入れる。
「秋吉」
「なに? どっか見たい?」
「……さっき、店員さんに彼氏って言われたよ」
「まあ、だろうな」
秋吉はやはり、なにも気にしていないようで、あっけらかんと相槌を打たれた。
「だろうな、って」
「姉ちゃんと買い物行っても、よく言われる」
そうか、女の子と買い物、という行為や彼氏に誤解されるということに慣れているのか。私ひとりだけ舞い上がってあほらしい。たいへんつまらない気持ちになってうつむくと、くつくつと笑い声がした。
「亜衣って、ほんと分かりやすい」
「どういう意味」
問いには答えず、秋吉はこみ上げる笑いをこらえるようにおなかの辺りを押さえた。それから、ちらりとこちらを流し見る。
「彼氏とこうやってデートしたことないの?」
「……ないよ。秋吉みたいに一緒に店に入ってくれなかったもん」