03

 水曜の電車の中で、私は何度も鏡を確認する。昼休みに、メイクの上手な友達に教えてもらいながらどうにかメイクをしたのだ。普段あまりそういうことをしないので、マスカラに触れるのが実は初めてだった私は挙動不審になりながらも必死で友達の言うがままにナチュラルメイクとやらを施してみた。薄くファンデーションを塗って、チークもはたいて、睫毛をちょっと持ち上げてからマスカラで撫でる。
「リップは、ナチュラルなベビーピンクでいこう」
「は、はい」
「あんまりつけすぎるとくどくなるから、鏡を見ながら様子を見て」
 友達は、可愛い。もとの素材がどうこうというのもあるかもしれないが、自分の見せ方を熟知している感じがする。自分のどこがチャーミングで、どう伸ばせばいいのかを知っているような。それに比べて私ときたらマスカラにさわるのも初めてというこの女子力の低下の一途をたどる体たらくである。
「亜衣は垂れ目が可愛いから、そこを強調するように、マスカラを目尻に多めにつけて」
 自分の垂れ目はちょっとだけコンプレックスだ。間抜けに見える気がしている。けれど、そこを強調するということは、周囲には可愛く見えていたんだろうか。
「女って大変だ……」
「はいはい、デートがんばって」
「……」
 なんだよ、デートかよ。と皆にからかわれて赤面しながらも、友達のオッケーサインも出たし、自分で見ても特別変なことはない。チークもほどほどに入れただけなので、あんまり馬鹿っぽくピンク色に染まってもいないし、なるほど目尻が強調されてたぬきみたいな可愛さがないでもない。
 けれど秋吉がどう思うかは分からない。いっちょまえに化粧なんかしやがって、と馬鹿にするかもしれないし、けばいと思われるかもしれない。
 不安になりつつ、待ち合わせ場所に指定した駅前のオブジェの前まで向かうと、私服姿の秋吉がすでにそこに立っていた。
「秋吉!」
「おお」
 慌てて駆け寄ると、秋吉は少し驚いたように目を見開いた。
「女の子じゃん」
 私を見てそう言うものだから、なにかおかしなところがあっただろうかと慌てて全身を見下ろした。膝少し上くらいの丈でプリーツスカートが揺れていて、短めの靴下にローファーを履いている。暑いので上はシャツ一枚だ。学校指定のネクタイが頼りなさげにぶら下がっている。
「な、なにか変かな」
「え。いや、別に」
 首を振った秋吉は、それでもどこか落ち着かないような雰囲気で近づいてきて、私の肩をとんと叩いた。
「行くぞ」
「どこに?」
 遊ぼう、とは決めていたものの、私は無計画だった。どこに行くかなどよく考えておらず、秋吉もたぶんそうだろうと思っていた。けれど、どうやら彼は違うようだった。
「服」
「え?」
「服見に行くぞ」
「……」
 もしかして秋吉は、覚えているのだろうか。ゴールデンウィークに三人で買い物に行った際に私が女物の服を見たいと言ったことを。涙が出そうなくらいに気持ちが揺さぶられる。
「どういうの好きなの?」
「……ふわふわの、ふりふりの花柄」
「え、意外だな」
「なんでよ!」
 軽口を叩きながら歩きだす。レディスのフロアに向かいながら、秋吉は呟いた。
「姉ちゃんの買い物の荷物持ちとかしてたから、長い買い物とかも慣れてるし、なんも遠慮することないからな」
「……散々悩んだ末に結局買わずに店出てもいい?」
「うん、全然問題ない」
「でも、今日、そんなに時間ないでしょ」
 時計を見る。六時まで、あと二時間あるかないかくらいだ。秋吉が寮に帰る時間を逆算すると、一時間半くらいしか一緒にいられない。唇を尖らせると、彼は苦笑した。

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