02
秋吉とのトーク画面を開いて、新しい文章を打ち込む。散々悩んで、結局この一言になる。
「元気?」
絵文字をつけて送信してから後悔した。なんだこのありきたり加減は。休日の午前なので、秋吉は寝ているかもしれない、と思いつつそわそわしながら返信を待つ。
『元気』
もともと同室で、こういう手段で連絡を取ることに慣れていなかった私は、秋吉から即座に返信がきたことに必要以上に動揺してしまった。元気、とそっけなく返ってきた文面に、どうしようか悩んでいると、もう一通メッセージが届く。
『元気?』
秋吉はたぶん、こういう文章のやり取りで、滅多に顔文字や絵文字を使わないと思う。ほとんどやり取りをかわしたことはないけれど、そういうのは二ヶ月一緒にいて分かっている。だから、そっけない、元気? だけの文章でも涙が出そうになる。
「元気! 比呂、ちゃんと馴染んでる?」
『ゴキブリ大量発生させてる』
「マジか」
兄が私よりも数倍非文化人的生活を送っていることは知っていたが、そこまでとは。どうやら私が購入した除虫剤はまったく意味を成していないらしい。
「ごめん」
『別に亜衣が謝ることじゃない』
身内の恥は己の恥、そして、私自身ゴキブリを発生させたことがあるので、兄を一概に責めることはできない。文章内とは言え、亜衣と呼ばれたことに心を浮つかせていると、さらにメッセージを受信する。
『なんか用事?』
そう、聞かれて、一瞬だけ思考が停止した。その一瞬あとにはいろいろと感情が戻ってくる。
用事ないと連絡したらいけないのか。なにか用事を無理やりにでもでっちあげるべきだろうか。そういえば秋吉は意味のないこういうやり取りを嫌いそうだな。
「今度、遊びに行かない?」
まったく無意識でそう打って送信してから、文字のやり取りって怖い、と思う。電話だったら絶対そんなこと言えなかっただろうに、あっさりデートに誘いやがる。自分の文字弁慶っぷりには驚きだ。
少し間を開けて、秋吉から返信がくる。
『いいけど』
なんだか含みのある答えが返ってきた。けど、とは何事。
「けどってなに」
『別に』
「なにそれ!」
『お前がなんなんだよ』
秋吉が画面の向こうでうんざりしたような顔をしているのが頭に浮かぶ。
『いつ遊ぶの』
そう聞かれて、彼はきっと今頃ため息をついている、と思いながらも、時間のある日付をいくつか打ち込んだ。すると秋吉が、その日程の中から自分の都合がいいだろう日付を返信してきた。平日だ。休日は駄目なんだろうか。
「日曜とか無理なの?」
『生徒会忙しい』
平日だって忙しいんじゃないのか? とは思いつつ、秋吉本人が言うならそうなのだろう、と無理やり納得して約束を取りつける。来週の水曜日、放課後に正慶学園から電車で少し行った駅ビルで。
じゃあね、と送った以降返信をぶった切ったらしい秋吉の横顔を思い浮かべた。不機嫌そうな顔をしている。けれどそれは、ただ表情に乏しいだけなのだと知っている。携帯をベッドの枕元に投げて、あおむけだったのをうつぶせになる。枕を抱きしめて、門限六時、と呟いた。
「たった一時間ちょいしか一緒にいられないじゃん……」
私の通う学校から、放課後になって待ち合わせ場所に直行しても、ニ十分はかかる。それも、運よく電車を捕まえられれば、の話だ。
いや、そもそも会えること自体を喜ぶべきだ、という方向に頭を切り替え、私は、会ったら何を話そうかな、という楽しいことを考えるほうに考えをシフトした。