01
週に一度くらいは、兄に連絡をするようにしている。またいつ失踪するかも分からないし、彼にちゃんと集団生活が送れているのかとか、私が築いた友人関係をぶっ壊していないか、きちんと馴染めているのかなどなど、不安は尽きない。
『亜衣は心配しすぎ。俺の頭のよさ舐めんな?』
「いや、そうなんだけど……」
『ちゃんとやってます。友達とも仲良くやってます』
「それなら、いいけど」
『そんなことより亜衣ちん』
たしかに兄は私よりもたぶん、学校の勉強ができるとかではなく頭の回転が速いのだが、そこにあぐらをかいて大ポカをやらかさないか心配だ。そんなことより、と全然そんなことではないのだがそう言って、兄が声をひそめる。
『なんで秋吉に電話してあげないの』
「え?」
思ってもいなかったことを聞かれて戸惑う。なぜ兄がそんなことを気にしているのだ。
「なんで、比呂がそんなこと聞くの?」
『だって、秋吉気にしてるもん』
「……何を?」
『俺には電話くるのに、自分にはこないこと』
だって、秋吉気にしてるもん。
その一言に、ぎゅっと心臓が苦しくなる。
電話を、かけようと思わなかったわけではない。
友達でいたいと告げたのは私だ。その思いに間違いはないものの、やはり希望としては、それ以上の関係でいたいのが事実で、彼の声を聞けばその気持ちがあふれだしてしまいそうで怖かった。
『あとで電話してあげてちょ』
「う、うん……」
兄にいまいちそれをうまく伝えられないままぎくしゃくと電話を切って、連絡先を見る。新田秋吉、の名前と並ぶ十一桁の番号をじっと見つめて、何度か通話ボタンをタップしようか悩んで悩んで、結局ため息をついてその画面を閉じる。
もうすぐ、あの場所を去ってひと月が経つのだ。兄は試験をうまく切り抜けたらしいが、結果について詳しくは教えてくれなかった。どうせいまいちだったに違いないのだ。しとしとと雨の降り続くうっそうとした窓の外に目をやる。
私は、母が裏で実は私の受かった学校の入学金を支払って休学扱いにしてくれていたことを知った。兄にばかり甘いかとちょっとふてくされてもいたのだが、一応、一応(強調する)私のことも考えてくれていたことには感謝する。とは言え、そもそも私立の授業料がもったいないという理由で男子校に行かされていたこと自体ありえないのだが。
簡単な試験を受ければ、休学していた期間のことは水に流してくれるらしい。事情が事情だしと母は言っていたのだが、いったい私はどんな事情で休学していたのかひたすら謎だ。先生になにも言われないあたり、なにか黒いものを察するべきなのかもしれない。
共学は、思ったよりもずっと楽しい。まず、女として通えるので無理をする必要がない。女の子みたい、と言われることももちろんないし、そもそも女の子なのだ。
少し伸びた髪の毛をハードワックスで固めることもしないし、自分のことは私と呼ぶし、何より、男子と健全に絡むことができる。
「そもそもさあ……」
秋吉は、私から連絡がこないとしょぼくれているようだが、彼のほうから私に連絡がこないのも、フェアじゃない。ほしければ自分から獲得しに行くという気概がほしいところだ。
という建前は置いておいて、連絡してみようかな、とベッドに寝そべったままもう一度携帯を手に取る。電話といかずとも、メッセージでもいいかもしれない。
今更なにを言っているのだという気持ちが捨てきれないわけでもない。もうひと月も連絡していないのに突然というのも不気味かもしれない。そんな気持ちが、紙を重ねるように少しずつ溜まっていっていつの間にか今の分厚さになっているというのもある。
けれど、勇気を出さないとなにも始まらないのだ。