03

 夕飯の時間になって、私と秋吉は示し合わせたように同じ時間帯に部屋を出はしたものの、並んで歩くものの、無言だった。薫と食堂で合流しても無言なので、彼は怪訝そうに眉をひそめた。
「なに? 喧嘩でもしてんの?」
「なんか……そんな感じ……」
 私がそう答えると秋吉はますます不機嫌そうにふいと顔を逸らした。なんだその態度は。全然反省していないな。
 あまり雰囲気がよろしくない中で食事を済ませる。今晩はから揚げだったので、ふたつみっつほど薫の皿に転がしておく。
 よろしくない雰囲気でのご飯は、あまり美味しくない。いつもならわいわい三人で盛り上がっているのに、無言というのはよくない。やはり私から折れて謝るべきなんだろうか。けれど、いったいなにを謝るのかという気持ちもある。だって私はなにも悪いことをしていないつもりだし、寮長はなにもしていないのにあやしいとか言う秋吉のほうが悪いに決まっている。なあなあで「ごめん」とか言ったとしてもだ、秋吉に「なにに対して謝ってんの」とか聞かれてしまったら答えに窮する。そして、秋吉は絶対そう言う。人の逃げ道を塞ぐのってよくないと思う。
 考えれば考えるほど、私は悪くないし謝れないぞとなってくる。キャベツの千切りを口に詰め込みながら、知らず眉が寄ってしまう。
 そして結局食事が終わって部屋に戻る途中も一言も口をきかず、私と秋吉は、薫の心配そうな視線にさらされながら歩いていた。
 けっこう秋吉って頑固者だな、と思ったのは、口をきかなくなってから二日目の朝だ。事務的なこと以外一切喋らない私と秋吉に、薫は秋吉には言いづらいのか私のほうに、「なにが原因か知らねえけど、とっとと謝っとけって」と言ってきた。
 私もいい加減折れるべきかと思っているのだが、秋吉がここまで怒ってしまったらどうしていいのか分からないという気持ちもある。謝ったところで関係がうまく修復されるかと聞かれると、そうでもないのでは、という気持ちになるのだ。
 それに、私が謝るということは、寮長があやしいという秋吉の発言を認めてしまうということにもなるので、どうにも腑に落ちない。秋吉も秋吉だが、私も私でけっこうな頑固者である。
 午前授業を終えて、無言で秋吉と部屋に戻る。ここで時間をずらして別々に帰らないあたりも、秋吉が頑固者であると言えるひとつの行動だと思う。
 そろそろ一言も話さないという状況が我慢ならなくなってきて、私は服を着替えながら悶々とする。どうやって謝ろう、と考えると、なにから手をつけていいのか分からなくなってきて、ついつい眉が寄る。
「あ、テスト範囲写しに行かなきゃ……」
 一応それぞれの教科の授業で先生がテスト範囲を発表してくれはしたが、正確な範囲は寮のピロティの掲示板に貼られている。そしてテストはすでに明後日からというこの体たらくである。秋吉との喧嘩ですっかり忘れていたという言い訳をすればまだ聞こえはいいが、なにがあろうと忘れてはいけないようなことである。
 テスト範囲をメモするために、スウェット姿にローファーというファッションセンス皆無の格好で部屋を出た。自然と急ぎ足でピロティまで向かう。テスト範囲を携帯のカメラで写し、くるりと踵を返す。すると、寮長が通りかかったところだった。
「あ、こんにちは」
「ひとりか?」
「まあ、はい」
 問いかけられたことに素直に返すと、彼はいきなり私の腕を掴んでひとけのない通りに連れていこうとする。
「あ、あの」
 さっと、頭を秋吉の「寮長はあやしい」という言葉がよぎる。
「少し話がある」
「え?」
 私は、連れてこられた他人の死角にて、寮長の話を聞くことにする。淡々と用件を話し始めた彼に、思わず青ざめる。

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