02

「腹減った」
 とりあえず、場の空気を和ませようとあえて空気を読まない発言をする。薫が歩き出して、秋吉も足を動かす。
「今日の定食、なにかなあ」
「塩鮭じゃなかったっけ」
「ああ、ごはんが進むね」
「お前残すくせになに言ってんの?」
 ピンポイントで弱点をつつかれて、思わずうっとおなかを押さえた。たしかに、魚定食の日は一品おかずが増えるので白米を残すのが通例だ。けれど、トンカツだの肉料理がメインの日ほど量は多くないので、それなりに食べられる。
「いただきます」
 立派な塩鮭である。ちなみに私は皮を残す派で、と言うより我が家では皮を食べる習慣がないので、早々に皮と身を切り離して皮のほうを秋吉の皿に入れる。
「皮が美味しいのに」
「なんか魚臭いじゃん」
「分かってないな〜、さすがお子ちゃま」
「お子ちゃまじゃないし!」
 茶々を入れてきた薫に吠える。彼は何かというとすぐ私をお子ちゃま扱いする。失礼千万である。
 おかずのひじきを口に運びながら、ふと視線に気づく。振り返ると、ちょうど逸らされはしたものの一瞬目が合った。副寮長だ。入口のところで、寮長と話している。なぜ見られていたのか、と思いつつ視線を食事に戻そうとしたところで、今度は寮長と目が合った。逸らされない。じっと見つめられて居心地が悪くなり、根負けしてこちらから逸らす。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
 秋吉が不思議そうに私を見る。私も首を傾げて、もう一度寮長たちのほうを見る。すでに彼らの姿はそこになく、なんであんなに私を見ていたのだろう、と疑問に思いつつも、そういえば秋吉と付き合っているという噂をさっき副寮長は話していたなと思う。彼らにとって秋吉は要観察対象であるようだし、仕方がないのかもしれない。
 食べ終えて、食堂をあとにする。今日からテスト休みなので、午前授業だ。寮に戻り、途中の道で薫と別れ秋吉とふたりになる。そこで、彼は辺りをはばかるように私の耳元に顔を寄せてきた。
「あんまり寮長のほう見るなよ」
「え?」
 顔が近いことにどぎまぎしていると、秋吉は焦れたように私の腕を掴んで廊下を速足で歩きだす。
「ちょっと、待って。速い」
 秋吉はなにも答えない。そのまま部屋に着いて彼が鍵を開けて私を中に放り込む。ドアを閉め、秋吉は早口でまくし立てた。
「なんか絶対どう見ても、寮長はあやしい。別にだからすぐさまどうだってわけじゃないけど、お前目つけられてるみたいだし、あんまり下手な行動取るなよ」
「下手な行動って?」
「目立つこととか」
 私は特に目立つ行動など一度も取っていない。そりゃあ、新歓で壇上に立って無理やり歌わされたりはしたけれえど、当てはまるのはそれくらいだ。むしろ、一緒にいる秋吉のほうが目立っているのではないだろうか。
「秋吉は生徒会だし、そっちのほうが目立つと思うな」
「それは、そうだけど」
 男の子との変な噂が多い生徒会役員の秋吉と一緒にいるのなら、目立つことは致し方ないと思う。それに、寮長がどうあやしいと言うのだろう。
「寮長は私の心配してくれてるだけだと思うけど」
「そんなことない、絶対あやしい。なんかたくらんでる」
 そう頭ごなしに言うのはいかなるものか。
「秋吉、人のことあんまり悪く言ったら駄目だよ」
「お前全然分かってないな」
「だって……」
「ああ、もういい。好きにしろ」
 なんだなんだ、言われなくても好きにする。そもそも、なぜ秋吉の言うことを聞く前提で話が進んでいるのだ。
 たぶん相当不機嫌な顔になっていたのだろう、秋吉もふんと鼻を鳴らして自分の部屋に入っていく。それを見届けて、洗面所で手を洗って自室に戻り、制服を着替える。なんだか胸がむかむかする。秋吉と初めて喧嘩らしい喧嘩をしてしまったからなのだろうか、なにかがつっかえて、吐き出したいけれど吐けない、そんな気持ちの悪さだ。
 けれど、たぶん私は悪くないのでこれについては絶対向こうが折れるまでは謝らない。おそらく向こうもそう思っているだろうので、もしかしたら膠着してしまうかもしれないが、私が悪くないのに謝るのは、なにかが違う。
 ベッドに寝そべり枕を抱きかかえ、明日からどんな顔をしようかな、と思う。喧嘩して一番迷惑なのはおそらく薫であろうが、そこに気を使っても仕方がないような気がする。

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