01

「俺水飴食いたい」
「駄菓子屋とか、久しく行ってないな」
 わいわいと、駄菓子屋が男子高校生の集団でにぎわっているのを、店主のおじいさんがにこやかな目で見ている。私が三千円分の商品券を出すと、おお、と目を丸くした。
「ということは、お兄ちゃんがのど自慢で優勝したんだね」
「ええと、まあ、そうなりますね……」
「ちょっとでいいから、歌ってみてよ」
「ウッ」
 おじいさん世代特有の……でもないか、人類共通の無茶振りに私はしどろもどろになる。適当に笑ってごまかして、商品棚に目をやった。いろんな色の、あまり身体によくなさそうなお菓子が所狭しと並んでいる。
「あ、この飴好き」
 たしか舐めている途中からガムになるんじゃなかったっけか。赤いパッケージということはコーラ味だ。うきうきしながら値段を見る。十円。いったいこの飴がいくつ買えちゃうのだ、夢の商品券だな。
「これひと箱まるまる買って部屋に置いておいたら三ヶ月くらい幸せなんだろうなあ……」
「三ヶ月もしないうちになくなるに一票」
「俺も一票」
 私の独り言に、横から、例により秋吉と薫が口を挟んでくる。おっしゃる通りであることは間違いないのだが、こうもあけすけに言われるとむっとする。一日一粒で三ヶ月など余裕で持つことを力説しようと顔を上げると、おじいさんがにこにこしながら言った。
「じゃあ、じじいも一票」
「…………百粒も入ってるんだから、一日一粒計算で三ヶ月は余裕で持ちます」
「美味しいからね、一日一粒じゃ足りないよ」
 その通り、私の言っていることは理想、夢物語に過ぎない。おじいさんの言う通りだ。美味しいからね、一日一粒じゃ満足できない身体にさせられてしまうのだよ。フフ。
「なに笑ってんの、気持ち悪い」
「薫くん言いすぎじゃないかい?」
 とりあえずその飴をひとつだけお買い上げすることにして、ほかの棚も見る。そういえば、駄菓子っていったいものがなんなのかよく分からないようなものも多いし、身体に悪そうな着色料や香料も使い放題だろうなあと思う。けれど美味しいから食べてしまう。
 薫の持っているカゴを見ると、なんだかいろいろと入っていた。人の金(正確には金ではないのだが)だと思って好き放題カゴに放り込んでいるようだ。
「薫、買いすぎじゃない?」
「単価が安いからまったく問題ない」
「そういうこと言ってないよ」
 呆れてため息をつくと、店の奥のほうで桑名氏が叫ぶ。
「比呂、俺がお前を推薦して優勝させたも同然だから、高いやつ買ってもいいよな?」
「……別にいいけど」
 妙な理論を振りかざして悪ぶっているものの、駄菓子屋で高いものと言ってもたかが知れているのである。
 ちらりと、一票入れた以降静かな秋吉に目をやると、暇そうに商品を眺めている。
「秋吉は、なんか買わないの?」
「俺あんまりお菓子とか食わねえんだよ。コーラでいいや」
 そう言って冷蔵庫に手を突っ込む。でいいや、と言ったわりには値の張るものを買うんだな……。
 とは言え、総勢九名でどれほど買い込んだところで、三千円の商品券でまかなえてしまうところがさすが駄菓子屋だ。正直なところ、レジ台に積まれた駄菓子の山を見て、ほんとうにこの一枚千円の価値を持つらしい紙切れ三枚で払ってしまっていいのか、という罪悪感すら浮かぶほどである。
「毎度あり」
「ありがとうございました〜」
「また来ます」
「おう、また来てね」
 おじいさんは最後まで愛想よく、店を荒らしたと言っても過言ではない私たちを送り出してくれた。
「あんなので商売になるのかな」
「いいんだよ、人がいたほうが活気づくだろ」
「ほら、見ろ」
 店のほうを振り返ると、近所の小学生たちがわいわいと中に入っていくところだった。私たちが帰るのを待っていたのだろうか。おじいさんは、やっぱり愛想よく迎えている。

prev | list | next