07

「俺に変なことされてないか心配だったんだろ」
「なんで」
「たぶん寮長は、俺のことを見境なしのクズだと思ってる」
「ふうん……?」
 それが理由、にしては何やら腑に落ちない。ほかに理由があるように私は感じたが。だって、一応私と秋吉は付き合っていることになっているのだから、変なこともなにもないと思うし、それじゃあまるで秋吉が危険人物のようじゃないか、と少し憤ってしまうし。
 寮長はなぜ私を気にかけてくれるのだろう。まさか好意を持たれていたりすまいな。もしそうだとしたらごめんだ。男として好きになられるなんて、絶対ごめんだ。だってなんだか、ほんとうの私じゃないみたいで、むなしい。女の状態で好意を持たれていればいいのかと聞かれるとそうでもない気はするが。
 のろのろと廊下を歩きながら、秋吉と薫に挟まれつつも一歩後ろを歩く。ふたりは私のことなど気にも留めず、当たり障りのないしょうもない会話をしている。薫による、女のよさとかいうプレゼンが始まっていて、秋吉をそれはそれはイライラさせている。女のバストは大きさよりもかたちが重要だそうだ。
 薫と別れたところで、秋吉は長く深くため息をついた。
「あいつわざとやってるな」
「うん、そう見えた」
 秋吉が男と付き合うのを少し馬鹿にしている、というかもったいないと思っている節がある気がする。
「どうも俺に女のよさを教えたいらしい」
「ちなみに薫は童貞……」
「女は口を慎め。百パー童貞だ」
 なんだかんだ言いつつちゃんと答えてくれるところが笑える。ふんと私から目を逸らし、あ、そうだ、と思い出したように言う。
「お前、寮長には注意しろよ」
「え、なんで」
 いい人そうに見えるが。
「なんとなく……なんか嫌な予感がするんだよ」
「心配してくれてるんだ?」
「……チッ」
 副会長様、舌打ちはよくないですよ。
 最近になって、秋吉の舌打ちは照れた際に発動するのではないかと思ってきた。もちろん、不愉快なときにもすることはするが。
「もうすぐテストだなあ」
「そうだな」
 カレンダーを見れば、いつの間にか五月も終わろうとしている。明日からテスト休みが始まるので、全部活が活動中止になる。しかし生徒会は仕事があるらしく、しばらく秋吉の寝不足は続くだろう。私は知っている、授業中ぐうすか寝ている秋吉は、なぜか深夜に勉強しているということを。午前三時くらいになるとトイレで一度目が覚めるのが通例なのだが、そのときも秋吉の部屋のドアの隙間から明かりが漏れているのだ。
 部屋に戻り、それぞれの自室に入って私はスウェットに着替える。そしてベッドに寝そべり英単語帳を流し読む。英語は得意分野だ。というか、一応私だってこの高校に替え玉で入れるくらいの学力は備えているのだ。
 それにしたって、兄はいつまで失踪しているのだろう。そろそろ見つかってもいい頃ではないだろうか。簡単に渡英して見つけ出す、と言っても、イギリスだって狭くないのだ。夏休みを棒に振って探したって見つかるとは限らない。
「あーあ、ほんとクズ」
 誰にともなく呟き、私は携帯に手を伸ばす。ツイッターを開いてうるさいタイムラインを流し読みながら、こうして無為に時間は過ぎていくのだと思いつつもやめられない。鍵をかけたアカウントなので、ほんとうに限られた人間しか私のツイートを見ることができないのだが、まさか男子校にいるとは呟けない。とりあえず兄に対する愚痴だけ流してみる。「あいつマジクズ」。間違ったことはひとつも言っていない。
 親友から即座にリプライがある。「誰のこと〜?」、「比呂だよ」、「だと思った」。
 だと思った、のあとに可愛くない絵文字がついている。最近、顔文字より絵文字が流行っているよな、と思いつつも私はそういうのをつけるタイプではないので、変な顔文字を送りつけておいた。

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