04
「ありがとう」
「別に」
「あ、秋吉、虫平気なんだね……」
「家に奴が出たときの処理は俺の仕事だったから」
不機嫌そうな顔のままの秋吉に、なんだか地雷を思い切り踏み抜いてしまった気分だが、これだけは伝えておこう。
「格好よかった! 助かった!」
「……なにをたくらんでるんだよ」
「え、別になにも……?」
思ったままを言っただけなので、特に何かたくらんでいるつもりはないことを言うと、秋吉はがしがしと頭を掻いて呟いた。
「なんか、やって当然、むしろやらないほうが罪、みたいな世界で生きてきたから、素直に感謝されると、こう、なんか」
ああ、照れているのか。そんな可愛らしい態度にこちらの相好が崩れる。それを見た秋吉は、少し頬を染めて掃除機を押しつけてきた。
こわごわと自室に戻り片づけをしていると、秋吉がドアの隙間からひょいと顔を出した。
「あれ、買いに行こう」
「あれ?」
「煙焚くやつ」
「ああ、虫のやつ」
水かなにかを入れると殺虫剤がまかれる、あれか。
「お前のせいで俺の部屋にも出るのは勘弁だから、廊下に仕掛けてドアを開け放つ。洗面所も一応開けとくか。焚いてる間は薫のとこに居候だ」
「うん」
「じゃあ即買ってこい。掃除は任せろ」
「ありがとう!」
掃除があまり好きではない私にとっては願ってもない申し出だ。嬉々として部屋を飛び出して、駅前の薬局で殺虫剤を購入し、ついでに目についた、置くだけの除虫剤も買った。
寮に戻ると、汚かった部屋はきれいに整頓され、秋吉が私のベッドに座っていた。
「買ってきたよ、あとこれも」
「お、気が利く」
置くだけ簡単を見て、秋吉が早速箱を開ける。
「焚くやつが先だよ」
「分かってる」
ふたりの部屋と洗面所のドアを開け、廊下に殺虫剤を設置して部屋を出る。密閉時間は二、三時間程度とのことなので、私たちは薫の部屋に向かった。
薫の部屋のドアを、秋吉が数度軽くノックするも誰も出てこない。薫も同室者も留守にしているのだろうか。首を傾げてもう一度ノック。応答なし。業を煮やした秋吉がドアを蹴り飛ばした。
「ひい、秋吉」
横で悲鳴を上げると同時、ようやくドアが開いて、同じクラスの山内氏が顔を出した。彼は薫の同室者だ。
「何?」
不機嫌そうだ。寝ていたのだろうか。
「今殺虫剤焚いてるから時間潰しに来たんだけど、薫は?」
「薫なら、たぶん和泉の部屋に……」
「え、なんで?」
「まあいいじゃん」
言葉を濁す山内氏よりも背の高い秋吉が、あ、と呟いてドアを閉める。閉まる直前に見た彼は、へこへこと頭を下げていた。
「……どうしたの?」
「あいつ女を連れ込んでやがった」
「えっ」
思わず、歩きかけていた足を止めて部屋を振り返る。あの部屋の中で今ごろあんなことやこんなことがおこなわれているのかと思うと、妙に赤面してしまう。
静かになった私を面白そうに見ている秋吉とともに、和泉氏だとかいう人の部屋を目指す。和泉氏は別のクラスの人間だから私は知らないが、薫と交流があるということは持ち上がりかサッカー部なのだろう。和泉・斉藤と書かれたネームプレートを確認して、秋吉がドアをノックする。
「誰?」
ドアが開いて、ちょっとばかり軟派な、優しそうな顔をした男が姿を現した。
「新田と吉瀬だけど、薫来てるだろ?」
「おう、来てるよ。入りな」
秋吉との会話が自然であるところを見ると、どうやら持ち上がりのようだ。開いたドアから身を滑り込ませると、女の子のくすくすと笑う声が聞こえた。ここにも連れ込んでいるというのか。
疑惑はすぐに解消した。和泉氏の部屋に、薫ともうひとり、斉藤氏だろう人が集合してテレビの画面を見ている。秋吉が舌打ちして部屋に入っていく。ドラマでも見ていたらしい。