06

 どうやら薫はパソコンなどの電子機器がまるで駄目らしい。自分のスマホすら使いこなせていない、というくらいの機械音痴だそうだ。お前はおじいちゃんかと突っ込みたい。
「ツイッターとかやってんの」
「ま、一応」
「へえ、ページ見せてよ」
「アカウントのこと? ごめん俺鍵アカなんだ」
「かぎあか?」
 駄目だ、お話にならない。きょとんとしている薫に人差し指を立てて説明する。
「ツイッターのアカウントって、他人から見えないように鍵かけることもできるんだよ」
「それなんか意味あるの?」
「許可した人しかつぶやきが見られないっていうメリット」
「ええ?」
 ツイートを隠す意味がどうやら分からないようであるが、ここを説明しても仕方ない。
「もういいじゃん。薫は別にツイッターしなくとも生きていけそうだし」
「なに、上から目線。比呂のくせに」
「俺のくせにってどういう意味だよ。てか、どこが上から目線なの」
 電車を少し乗り継いだところにある駅ビルに入る。メンズからレディス、雑貨や家具の店、さらには赤ちゃん用品まで豊富に入っている。私は行動が男っぽいと自分でも最近自覚してきたが、可愛い服が好みなのだ。お人形が着ているようなふりふりや花柄やふわふわが好きなのだ。女の子向けのショップを当然無視して歩いていくふたりに、後ろ髪引かれる思いでついていく。そんなに引っ張られる髪の毛はないのだが。
「お、これとか秋吉似合うんじゃない?」
 秋吉と薫が熱心に服を選んでいるその横で、私はすっかりしょんぼりしてしまっていた。兄の好みの服がたくさんある。将来的に兄が着ることになるのだろうと思うと、なるべく高いものを購入してレシートを保存しておいて金を巻き上げてやろう、と思うのも当然である。
「比呂、どした?」
「いや……これとか、俺似合うかなあ」
 適当にシャツを取って自分の身体に当ててみる。
「いいんじゃない? なんか比呂っぽい」
「はあ……」
「どうした?」
 まさか、母からの小遣いで兄の服を買う羽目になるとは。可愛い服が買いたい。メンズファッションのフロアを眺めてため息をつく。ロングヘアが恋しい。再三、いや再四くらい言わせてもらうが、私はまだ自分の髪の毛に未練がある。
「くう……」
「なんだ、変な奴」
 シャツを握り締めて俯くと、薫が怪訝そうに呟いた。
 その後も、兄ならどんな服を好むだろうかと考えながらの買い物は続く。イギリスに住んでいるうちに服の趣味が変わったとかいうことはない。前回帰省した際、いつもどおりの個性的なファッションをしていた。ああいう身体に染みつくようなセンスはそう簡単に変わりはしないようである。とにかく彼は、だぼだぼしていてゆとりがあればあるほどいいのだ。私も胸がない分細いけれど、兄だって細い。いつだって服の中で身体が泳いでいる。
 私は控えめに、薫は大量に、秋吉はほどほどに買い物を済ませて、夕方の町を寮に向かって急ぐ。門限は六時だ。あと二十分もない。
「セーフ!」
 ぎりぎりで滑り込み、それぞれの部屋に戻るために薫と別れた。歩きながら、秋吉とぽつぽつと少ない会話をかわす。彼は苦笑いしながら言った。
「ほんとは女の子の服屋に行きたかったんだろ」
「そりゃあ、まあ……」
「付き合わせて悪かったな」
「いや、そんなことはないし買い物自体は楽しかったんだけど」
「けど?」
 言葉尻を濁した私に、秋吉は首を傾げて覗き込んでくる。
「私への小遣いで買ったこの服をいずれ奴が着ることを思うとはらわたが煮えくり返りそうだ」
「ははは」
「これは比呂に売る」
「兄妹間でシビアだな」
 笑った秋吉の顔は、意外と可愛いものである。あまり声に出して笑うことのない彼の貴重な笑顔に、やはり男前はずるい、と思う。高い位置にある秋吉の顔をじっと見ていると、視線に気づいたのかこちらを見て私の頭をぐしゃぐしゃと掻き乱すように撫でた。
「何すんだよ」
「いや、別に」
 くすくすと笑いをにじませながら口元に拳を当てる。笑っている自分を律するかのように。そのしぐさがこれまた男前で、ますます悔しくなる。
 女であることがばれていったん閉じかけた双方の心の扉が、なんとなく再び開いている気がする。

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