04
「比呂は誰に呼び出されてんの」
高圧的な口調で、秋吉が少年にすごむ。彼は、怯えたように震えたあとでぼそぼそと相手のものらしい名前を呟いた。先輩、とついている。私の知らない名前だったが、秋吉と薫はふたり揃って眉をひそめた。
「絶対駄目だ」
薫が怖い顔で言う。
「ついて行ったら犯されるぞ」
秋吉が怖いことを言う。
「でもあれなんだよな? 君は比呂を連れて行かないといたーいお仕置きが待ってるんだよな?」
「う……」
少年は、薫の問いにふらりと視線を落とした。肯定の合図だ。そんなに怖い人が、私になんの用だというんだ。
「比呂は俺のだから、何か言いたいことがあるなら俺に言えって伝えて」
「ええっ?」
声を上げた少年の視線がまじまじと私と秋吉を往復した。私はと言えば、パニックである。秋吉は突然何を言い出すんだ。
「お前ら最近俺を差し置いて親密だと思ってたら、やっぱりそういうことだったの?」
「……まあな」
なんでもなさそうに秋吉はこめかみにてのひらを当てた。それでようやく間抜けな私は気づく、これは秋吉が私を守るためについた嘘なのだと。
「じゃ、じゃあ、そう言ってくるけど……」
相変わらずびくびくと震えながら、少年は去っていく。秋吉の言葉を伝えても、彼にお仕置きはあるのだろうか、そうだとしたら可哀相だな。
「はあ……めんどくせえ」
「いきなりため息とか傷つくんですけど」
めんどくせえ、とのたまう秋吉にぼやくと、薫が口を開いた。
「で、結局嘘なの、ほんとなの」
「嘘に決まってんだろ」
「そうなの?」
「俺と比呂が付き合うわけないだろ」
「なんでだよ、比呂ってばこんなに可愛いのに」
言いながら、背後から私の両頬をつねった。お、やわらかいな、もっとむにむにしてやろう。おい薫、いい加減にしろ、あと可愛いの使い方が明らかに小動物向けのそれで、私はたいへん傷ついているぞ。
「好みじゃない」
あっさりとため息とともに掃いて捨てられてしまう。じゃあなんで襲ったんだ。けっこういいとか言っていたくせに。薫の手前そうは言えないが、今の台詞にはツッコミどころが満載である。
「比呂?」
「あ、ごめん、ぼうっとしてた。何?」
秋吉がため息をついて、若干いらいらしたような口調で告げる。
「今度から知らない奴の誘いには乗るな」
「うん……でも、呼び出されてるのに待たせるのは……」
「強姦魔なんていくらでも待たせとけ」
「ご、ごうかんま」
「そうそう。比呂は男好きする顔してるんだから、もっと警戒心持たないと」
「男好き……」
まったくもってうれしくない。男であるという前提で男好きする顔と言われてもうれしくない。もっとも、女である前提だとしても馬鹿にされていると感じるのだろうが。
寮まで歩きながら、私はふたりに挟まれて、一ヶ月でもう慣れた嫉妬と羨望の視線を浴びながら、もしかして薫も意外と人気があるんだろうか、とのんきなことを考えていた。
ところで、明日からゴールデンウィークである。せっかくの休暇だが、私は部屋でごろごろ、母が送ってきてくれた荷物の中に入っていたノートパソコンでワイファイ完備の部屋にてネットに入り浸ることにする。寝正月ならぬ寝ゴールデンウィークだ。もちろん、秋吉など友達とゲーセンに繰り出したりもするのだろうけれど、基本私はインドア派だ。
そんなこんなのうちに、あっという間に無為に時間は過ぎる。時間なんか、無駄遣いしようと思えばいくらでもできるのである。ネットってすごい。
ゴールデンウィーク最終日、午後からふたりに買い物に誘われていたことを思い出し、部屋着にしているスウェットを着替えていると、突然ドアが開いた。それはあまりに唐突だったので、私は思わず条件反射で胸を隠した。ドアのほうを見ると、そこには呆れた顔で秋吉が立っていた。