08
待て、待て待て。話がまったく噛み合わない。秋吉を睨みつけながら、尋問口調で続ける。
「あれ、とか、え、とか、なんだよ」
「いや、男にしては胸が膨らんでるとか、アレがないとか思って……」
「ちょっと待って、今私混乱してる」
自分を抱きしめていた腕をほどき、今度は頭を抱える。秋吉も、黒い髪の毛に手を入れてがしがしと引っ掻き回した。
「俺も混乱してる」
「どういうこと? 私が男だっていう前提で襲ったの?」
「そうだよ」
「それって」
「俺、男が好きなんだ」
「…………」
なんてことだ……。
戸惑いがちに、けれど断言した秋吉の顔を凝視する。男が好きだと。女の私に興味はないですよと。せっかく淡い憧憬を抱いていたのがこの瞬間にそんな理由で崩壊するなんて。
「じゃあ今まで彼女がいなかったのって……」
「彼氏はいたよ」
「……童貞ではない?」
「男で経験してるけど、これって童貞になるのか? 一応入れたことはあるんだけど」
「そんなリアルな話聞きたくない! 聞きたくないよ!」
私はちまたで言う腐女子という人種ではない。男同士の恋愛を、それもまたひとつの愛のかたち、と遠くから見守る程度のスタンスの人種だ。否定はしないが自分の身にふりかかるのはあまりよしとしないグレーゾーンにいるタイプの人間だ。それがいきなりリアルな男同士の性事情を聞かされる羽目になるなんて。
「ちなみに女の子に興味は……」
「あんまりない」
「男子校に入ったほんとうの理由って……」
「いや、それは、ほんとうに父親の母校だったからで、下心はなかったけど」
どうしても質問が及び腰になり、どうでもいいことばかり聞いてしまう。
「……今まで何人くらい彼氏……」
「さあ……七、八人かな」
「多すぎる!」
「怒鳴るなよ」
秋吉が顔をしかめる。それから、立ち上がって机に置いてあった写真立てを見て、言った。
「じゃあ、この髪の長いのがお前で、男のほうが、本物?」
「本物というかここに入学するはずだった人物というか……」
「なんでお前がここに?」
「入学直前にイギリスで失踪したんだ」
「失踪?」
怪訝そうな表情で、写真の兄を指でなぞる。何か事件に、というふうではないのは私の口調から察したのだろう。
「ジェニーと駆け落ちしたんだって。あ、ジェニーっていうのは赤毛のそばかすが可愛い子なんだけどね」
「……時々女に見えることはあったけど、まさかほんとうに女だったとは……」
写真立てを置いた彼は、額に手を置いてうなだれため息をつく。こちらがため息をつきたい気分だ。憧れの君がまさか男色だったなんて、悲しすぎる。どう頑張っても勝ち目がないじゃないか、ライバルはきれいな女の子じゃない、男の子なのだ。まず土俵に上がらせてももらえない。
「私秋吉のこといい奴だと思ってたのに! 見損なった!」
「俺だって比呂のこといいと思ってたよ」
「それは性的な目で?」
「うん」
あっけらかんと頷く。冗談じゃない。
「ところで比呂って本名?」
「兄ちゃんの名前。本名は亜衣」
「亜衣、ねえ。……お前の兄ちゃん、男もいけそう?」
「血縁の下半身事情は考えたくない」
というか、同じ容姿で性別が違うだけの兄に矛先が向いているのは気のせいだろうか。気のせいではないですよね。私は深くため息をついた。
「とにかく、そういうわけなの」
「女と同室とか、これから三年間やってける気がしないんだけど……」
「なんで?」
秋吉は顔をしかめた。なぜだ、と思いつつ首を傾げる。
「姉ふたりのせいで女性不信なんだって言ったよな? だから、女はひどい生き物だと思ってる」
「そんなに性格悪いの?」
「もう最悪。俺を体のいいお手伝いだか犬だかに思ってるんだか知らないけど、口を開けば彼氏の愚痴か命令。俺の家共働きだから、家事は全部俺がやってたし、ふたりの下着もふつうに洗ってたし、もう今更女に欲情することはないかなって思ってる」
抑圧されて育ったのか。
「もしかしてお姉さん、裸族?」
「よく分かるな。上の姉のほうは家では全裸だよ」
「女体に興味がなくなるわけだよ……」
「生々しい言い回しはよせ」
自分だってさっき生々しいことを言ったくせに。
それにしたって、なるほど、そういったお姉さんの背中を見て育ったため、女性に夢が持てなくなって男に逃げたというところか。私は盛大にため息をついた。
「なんか、それってもったいないなあ」