02

「なんか、顔色悪いし、ほんと無理するなよ」
「ありがとう」
 秋吉も私の左頬を軽くはたき、顔色のことを指摘する。寮長にも言われたけれど、私はそんなに具合の悪そうな顔色をしているのか。
 次の授業の教科書やノートの準備をしながら、となりの席の桑名氏にも心配され、私は自分で自分が心配になってくる。顔色、そんなに悪いのか。
 来月と再来月の生理を乗り切る策を考えていると、先生が教室に入ってきて授業が始まってしまった。慌てて教科書を開く。
 ところでここはほんとうに超有名進学校なのか。そう疑問に思うほど、先生たちの授業はのらりくらりと我が道を行く。要点はきちんと押さえている分かりやすい授業なので、そこは唸りどころであるが。
 入学して一ヶ月、分かったことは、進学校、お坊ちゃん校、進学率、と燃えているのは理事長や校長などお偉いさんだけで、先生たちは格式だのなんだのにそこまで囚われてはいないということだ。皆優しいし、厳しい先生もいるにはいるが、休み時間になれば生徒たちと談笑している。ふつうの学校とそんなに変わらない、と思う。ほかの高校を体験していないのでなんとも言えないが、少なくとも中学校はそうだった。
 そして私は今日も、秋吉と、薫とともに昼食をとっている。当然弁当などないので、学食だ。
「そういやあさ、お前らもう部活決めた?」
「いや、まだ」
 いろんなところに体験入部してみたが、どれもしっくりこない。まず、体育系の部活は、男子の体力についていけるはずもないし、着替えの問題もあるので却下だ。文化系の部活は、写真部や新聞部などが魅力的ではあったが、体育祭や文化祭などイベントの際は遊んでいる暇などないらしいので、却下。そのほかの部活は、中学時代運動神経が悪いなりにバスケ部で鳴らした私にとっては鳥肌が立つほどおとなしくて、一時間と部室にいられなかった。つまり私は運動音痴の体育会系だ。そんな中、唯一文化系の部活で気になっているものがあった。
「俺、軽音楽部に体験入部してみようかなあって」
「軽音? 物好きだなあ」
「え、なんで」
 薫と秋吉は、ふたり揃って顔を見合わせてため息をつく。秋吉がぼそりと周囲に聞こえないように声を潜めた。
「あそこは出来損ないの巣窟だぞ」
「そうなの?」
「部活しか頭にない奴らばっかりだよ」
「勉強なんかさせてもらえないぞ」
「ま、まじかあ」
 たしかに、ちょっと部員がちゃらんぽらんな印象は受けたが、そこまでとは。
「ギターとか楽器弾けたらカッコイイと思ったんだけどなあ」
「比呂は可愛いし、ボーカルとか似合うんじゃないの」
「かわ……」
 実に複雑な心境である。可愛いと言われるのは素直にうれしいものの、男として言われているこの状況はどうなんだ、というところである。男として見られている上で、可愛いと言われるのは不本意この上ない。
「可愛くなんかないだろ……」
 自覚はしている。自分の顔が中の中程度であることくらい。もちろん、同じ顔をしている兄もしかりだ。
「いや、比呂はなんか、小動物的可愛さがあるよな」
「小動物……これでも百六十あるんだぞ」
「嘘つくなよ」
 嘘である。先日の健康診断では百五十八センチちょうどだった。へらへらしている薫は、百七十六センチもあった。ちなみに、秋吉は百八十センチと、ふたりとも高校一年生にしては驚異的な数値である。両氏に挟まれた私は、さしづめ捕らえられた宇宙人である。そして、両氏はなぜか私を中央に置く配置で歩くことを好む。ちくしょうどもが、どうせ私を利用して相対効果で身長の高さをアピールしたいのだろう、魂胆が丸見えだぞ。

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