01

 顔から文字通り血の気が引く。今しがた大事なところを拭いたトイレットペーパーをまじまじと眺め、それから、冷静に日付を計算する。なにもおかしなことはない、予定通り生理がきたのだ。
 だがしかし、ここは男子校である。生理用品は持ち込んではいるものの、それをどう、皆にばれないように使うかが問題なのだ。幸い今このトイレは寮の部屋のトイレなので、私は同室の秋吉に悟られぬようこそここそと部屋に戻る。ナプキンをつけようとして、ほんとうに困った。男物のパンツには、そんなものつける場所がないのだ。
 相当悩んだ末、一週間は体育を見学することにして、パンツをサニタリーのものにはき替える。どうせ、個室に行くのが恥ずかしいから学園内ではトイレに行かないよう水分を取らないよう気をつけているし、体育の着替えさえ乗り切れれば問題ないのだ。
 私はこの先一週間体調がすぐれないことにする。
「なに、具合悪いの」
「うん、なんか風邪気味で……」
「よわっちいな」
「うるせ」
 仲良くなった薫にからかわれつつも、着替えるわけにいかないので、早速その日の体育を風邪で見学する。というより、私はそもそもいわゆる重いほうなので、痛み止めを飲んだもののほんとうに気分が悪くなってきた。
 結局、体育を見学すらせず痛み止めの効果を信じて保健室に向かう。保健室のドアを開けると、見覚えのある顔がいた。
「こんにちは」
「……ああ、吉瀬か」
 名前を覚えてもらっているのは、少し意外だった。なにかで指を切ったらしく絆創膏を貼りつけている寮長が首を傾げて聞いてくる。
「顔色が悪いが、風邪か?」
「あっ、そうみたいで……熱があるとかじゃないんですけど、体育の時間だけベッド貸してもらおうかなって」
「今保健医は外出中だけど、かまわないだろう」
 その怪我をした指でベッドを示されて、そそくさとカーテンを引いて横になる。おなかを抱くように身を縮めると、少し楽だ。ため息をつく。
 これから夏休みまで、少なくともあと二回はこの日がくる。男子ばかりなので気づかないとは思うものの、定期的に体育を休むなんて変だ。しかし皆の前で着替えるわけにはいかない。どうにかストレスなどで時期がずれ込んだりしないものだろうか。
 などという希望を悶々と考えていると、カーテンの向こうに誰かが立った。
「吉瀬」
「あっ、はいっ」
「大丈夫か?」
「なんとか、横になるとちょっと楽です」
 言いながら、今の発言はものすごく女子っぽい、と反省する。寮長は、そうか、と言って少しカーテンを開けた。
「俺は用が済んだから帰るけど、先生が戻ってくるまで少し留守番を頼みたい」
「分かりました」
「この時間内には戻ってくるはずだ。悪いな」
「いえ、大丈夫です」
 顔を覗かせた寮長が、気遣わしげな目つきで毛布に包まれた私の全身を眺めてからカーテンを閉める。
「別に誰か来ても応対することはない」
「はい」
「お大事に」
「ありがとうございます」
 ぺたぺたと寮長の上履きの足音が去っていく。ドアが閉まって、私は思わず深々と詰めていた息を吐いた。いい人なんだが、少し緊張する。まさか名前を覚えてもらえていたとは思ってもいなかったし、あの狐の面のような顔に見つめられると無駄にどぎまぎする。
 結局先生が戻ってきたのは、その時間の終了のチャイムが鳴る間際で、私はのんびりと腰をいたわることができた。教室に戻ると、すでに制服に着替えた秋吉が心配そうに近づいてきた。
「大丈夫か?」
「うん、寝たらちょっとマシになったよ」
「このあとの授業受けられそう?」
「平気」
 にっこり笑う。秋吉の背後から、薫も近付いてきて、私の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「きつかったら早退して寮に帰って寝てればいいぞ〜」
「うん、ありがとう」

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