04

「なにそれ」
「俺も編入だし、詳しくは知らないんだけど、五月の連休前に、新入生歓迎会ってのを生徒会主体で開いてくれるらしい。うちの兄貴ここの卒業生なんだけど、いろんな催しがあって、でもメインはのど自慢大会なんだってさ」
 目の前が暗くなるのを感じた。
 私は、歌うこと自体は嫌いではない。それはその通りなのだが、人前で歌うなど冗談じゃない。
「や、やだよ、人前で歌うなんて……」
「あ、ヒトカラ派?」
「あ、うん、まあ、そう……」
 兄だって、誘われれば友達とカラオケには行っていたが、そもそもひとりで歌うことが好きだと思う。奴が初めてひとりでカラオケに行って、フリータイムを堂々と使い切って家に帰ってきたときのあの爽快感あふれる表情たるや、どう表現すればいいのだろう。まだ中学に上がったばかりのひよっこがひとりカラオケなぞ、なんたる勇者。尊敬などするわけない。
 他人の自己紹介を聞き流しながら、ふと秋吉のほうを見た。すでに自己紹介を済ませた彼は、腕を組んで目を伏せていた。男前は何をしても男前なのだな、などと感心していると、またもとなりからちょっかいをかけられる。
「新田見てんの?」
「え? うん、同室なんだ」
「へえ。新田、男前だよな」
「うん、そうだね」
 ここが共学なら今頃彼女のひとりふたりいるだろう秋吉がこんなところでくすぶっているなんて、嘘だ、と声を大にして叫びたい気分だった。女子代表として。(私が女子を代表なんてことになったら全国の女子からどつきまわされそうだが)
 ところで実はさっきからむらむらしてたまらない。今の今まで中学生やってました、みたいな可愛い子を見ると、疼くのだ。ああ、あの子の栗色の髪の毛いじり倒して匂いを嗅いで乳首当てゲームして恥じらって怒るさまを舐め回すように眺めたい。おお、あの襟足よ、たまらん。
「……吉瀬?」
「ハッ」
「どこ見てたんだ? ものっすごい凝視してたけど……」
「あ、いや、別に」
 となりの席の奴はなにかとお節介だ。放っといてくれてもいいじゃない。私が可愛い男子を愛でようと、筋骨隆々の男を愛でようと、放っといてくれてもいいじゃない。
 ふっとため息をついて教室をぐるりと見渡した。可愛い男の子、この間まで中学生だったなんてにわかには信じられない成長を遂げた男の子、その中間にある発展途上の男の子……バリエーション豊富なパラダイスである。男同士で絡んだついでに乳首をぽちっとかできないものだろうか。できないだろうな。即刻変態扱いだ。ふざけた感じでじゃれれば許されるだろうか……。誰だ、今私のことを痴女と呼んだ奴。私は男が好きなだけだ。まったく、痴女だなんてひどすぎる。
 最後のひとりが自己紹介を終えた。先生はそれを見届けると、さてと息を吸って、持っていた名簿が挟まれた黒いバインダーで肩をとんとんと叩いた。
「じゃあ、持ち上がりも編入も、仲良くするように。今日はこのあと体育館に教科書を買いに行って終わりだ。金持ってない奴はいっぺん寮に戻れ。順番なんかないから、タイミング見計らって行けよ」
 はあい、という返事がぽつぽつ聞こえ、椅子を引く音がする。私も立ち上がろうとすると、机に影ができた。顔を上げると、秋吉が仁王立ちしている。
「比呂、金持ってる?」
「持ってない。寮に戻って、ちょっと一服してから混雑を避けるつもり」
「じゃあ俺もそうしよう」
 秋吉と並んで歩いていると、昨日は感じなかった視線を感じた。羨望と、若干の嫉妬の入り混じった視線だ。これが噂の、秋吉モテるんですというやつだな。災難だな。でも、可愛い男の子に告白されるなんて羨ましい。私だって告白されたい。もちろん、こちらが女の子であるという前提でだ。あれ、もしかして私は青春を潰したのではないか。ふつうの女子高生になるはずだった私は、今や男のふりをして男子校に通っている。女だとばれたら即退学で、その前に飢えた獣にやられてしまうかもしれないし、隠し通したら通したで、私の進路はどうなるのだ。公立の共学に通い、それなりにきらきらした青春を送るはずだった私は、もしかして人生計画さえ狂わせてしまったのではないか。始まりはあのクソ兄の……!

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