02
仁さんの、いつになく小さな声が部屋に反響して私に届いて、観念してドアを開けて寝室に足を踏み入れた。
「来るな」
「え?」
「いいから、帰れ」
「仁さん?」
薄暗い寝室で、仁さんが首を押さえている。やっぱり具合が悪いんだ、そう思って、一気に心配になってしまって、柔らかい拒否のことも忘れて駆け寄ると、その異変に気がついた。仁さんの瞳が、真っ赤に染まっている。
どくっと心臓が跳ねた。血を欲しているその瞳。
「美麗、帰れ」
「なんで? 具合悪いんでしょ……」
「帰れ!」
「ッ」
近づいて、仁さんの異様な姿に気づく。げっそりと肉の削げ落ちた頬に、血色の瞳である上に白目が充血していて痛々しい。仁さんはひげが濃いほうではないけれど、それでも手入れしていなくて無精ひげが生えていて、唇はからからに乾いている。顔色が、砂漠の土のようだった。
どうして、いつもきちんとしていて穏やかな仁さんが、こんなことに?
「美麗、帰れ、死にたくないだろ」
「どういう意味……?」
「いいから」
荒い呼気を隠しもせずに、仁さんが血の色をした瞳でぎろりと私を睨む。怖い。仁さんが私に怒鳴ったり、語気を強めたりしたことなんてない。いつでも、どんなことがあっても柔らかい態度で、仁さんは私に針を刺す。
ぎりぎりと睨みつけるように私を見ている。その瞳を見て、私はあるひとつの可能性に思い至る。
「……血がほしいの?」
「……!」
びくっと彼の身体が大げさに跳ねて、それは肯定を意味する動作だった。
混乱する。仁さんがこんな状態になるまで血を飲まなかったところなんて、たぶん見たことがない。だって仁さんはいつもあっさりとしていたし、本人たちがその事実を知っていたかどうかまでは分からないが血の提供者はいくらでもいた。
どうして?
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