01
三週間ぶりの仁さんのマンションで、コンクリートの廊下が無機質に私を迎え入れた。
オートロックを抜けて、エレベーターに乗る。エレベーターを降りたところで心臓が暴れ出した。もうすぐそこに、仁さんの部屋のドアがある。
ドアの前で、かなり悩んだ。引き返そうかと、何度かあとずさった。けれどそのたびに篠宮先輩の顔がよぎる。逃げたら、駄目だ。私は私のために、逃げてはいけないのだ。
震える指でチャイムを鳴らす。――出ない。
ママが、行ってもいつも留守、とぼやいていたのを思い出す。今は日も落ちているし、狩りに出ているのかもしれない。気持ちがバランスを崩したジェンガみたいに壊れそうになってしまうのを我慢して、そっと、諦め気味に、中学生になりたてだったあのときのようにドアノブに手をかけて、引いた。
「……あれ」
開いている。ということは、仁さんは中にいるのだろうか? もしくは近所のコンビニにでも行っていて、すぐ帰ってくるつもりでいる?
ゆっくりとドアを開けて中を覗き込む。薄暗い。やはりいないのかもしれない。おそるおそる玄関に滑り込んで後ろ手にドアを閉める。足元を見た。仁さんは家にいる、と、靴やサンダルがそこにあるのを見て、ほぼ確信する。
「仁、さん……?」
口元に耳を寄せていなければ聞こえないだろう、と思うくらいの細い声で名前を呼ぶ。もちろん返事はない。ローファーを脱いで廊下に上がる。リビングを覗く。暗い、いない。そのとき。
かた、と寝室のほうから音がした。はっと寝室に続くドアを振り向く。ドアは、少しだけ開いている。
まるで、三年前のあの日のようだと思った。仁さんがヴァンパイアだと知った、あの日のようだと。
嫌な予感しかしなかった。あの日みたいに女の人がそこにいたらどうしよう、と。けれど声は聞こえないし、音もそれきりだった。忍び足で、寝室のドアの前に立つ。
ゆっくりと、ドアの隙間から中を覗き込んだ。ベッドに、人が寝ている。
もしかして仁さんは具合が悪いのだろうか、そう思った。思った途端、寝ていた人が勢いよく、飛ぶように起き上がる。驚いて、あのときとは違って私は悲鳴を上げてしまった。
「美麗」
prev next