10
「俺はつけないもんな、キスマークなんか」
「……!」
「ふうん、そっか」
「あの、これは」
茶色い瞳が、穏やかに私を見下ろしている。言い訳しようと思ったけれど、なんて言ったらいいのか分からなくて、戸惑っていると、仁さんがふと私の上からどいた。
「仁さん」
「俺じゃない男と、したんだ?」
穏やかな目つきで、私の下腹部に視線をやる仁さんに、必死で首を横に振る。
「ちが、違うの!」
「どうして、そんな分かりきった嘘つくの? 別に怒ってないから、正直に言ったら?」
怒って、ないの?
すうっと心が冷たくなる。
仁さんは、私がほかの男の子と何しても、怒らないの?
「でも」
涙が一筋、頬を伝った。
「俺は誰かと何かを共有する趣味はないんだ」
仁さんが何を言っているのか、最初分からなかった。
「血も、気分よく飲めないしね」
「……仁さん」
「跡つけたら彼氏にも悪いし」
「仁さん」
「もうここに来るの、やめたら? 彼氏が可哀相だ」
穏やかに、でも確実に、突き放されて、私は呆然とソファに座り込んでいた。仁さんは自分の分の紅茶を一口飲んで、にこっと笑った。
「帰れば?」
仁さんにとって、私はその程度の存在だったんだ。そんな、少しのきっかけで簡単に血ごと手放せるくらいの存在だったんだ。
ゆっくり、立ち上がる。震える足を叱咤して、はだけたシャツを掻き合わせて仁さんの前を離れるように後退りする。
「あ、ビスケットごちそうさま、っておばさんに言っておいて」
「……」
「タッパーは自分で返しに行くから」
仁さんの声が遠い。
何も分からない。何も考えたくない。何も、何も……。
どうやって家に帰りついたのか、よく分からないけれど、気づいたら制服のまま眠っていて、早朝だった。起き上がって、腫れた目元に手をやる。
ああ、泣いていたんだ。私。
それを意識した途端、また涙があふれてきた。
「……ッ」
なんで、期待したんだろう。仁さんにとって、私の存在なんてその程度だったなんて、知ってたことじゃない。
自分から何か伝えようともしなかったくせに。一度も好きと言ったことがなかったくせに。何を勘違いしていたんだろう。
ぐちゃぐちゃに引き裂かれた恋心が、頭の奥で叫んでいる。
――仁さんが、好きだよ。
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