07
「俺が、傷つけて、どうすんだ……馬鹿か俺……」
「……ひ、せんぱい……?」
「……ごめん」
「せ、先輩、血が、出てる……」
ロッカーの角に当たった拳から、血がにじんでいる。私は思わず涙も引っ込んで、起き上がってその手を押さえた。先輩の目が、こちらを見た。
「ごめん、」
「……ほ、保健室に」
「いい。上谷、もう帰りな」
「でも」
「俺はしばらくここで頭冷やす」
「……」
「ごめん」
しばらく迷ったけれど、私は、力の抜けた腰でずるずると先輩から離れ、鞄を手に取った。そこから、ハンカチを出して先輩の手に当てる。
「上谷」
強い、諌めるような口調で名前を呼ばれる。
「か、帰ります……」
「…………ごめん」
ひどいことをされたのは私なのに、泣きそうな顔で謝る先輩に、胸が締めつけられた。でも、このままここにいることを誰も望まないし、きっとそうしたら私は世界一残酷な女になる。
だから、そっと立ち上がって、教室を出た。
明日からどんな顔で篠宮先輩と顔を合わせればいいのか、とか、そもそも先輩は私の前に姿を現すだろうか、とか、そんなことばっかり頭をよぎる。
でも、と思う。まっすぐに先輩が私を思ってくれているのは紛れもない事実で、私はそれに報いることはできない。それだけは、きちんと伝えないといけない。
あと、ありがとうって、伝えないと、いけない。たくさん優しくしてくれて、思ってくれて、ありがとうって。
引っ込んだ涙がまたあふれそうになって、慌ててカーディガンの裾で目元を拭う。
「ただいま……」
「お帰り。あ、美麗」
「何?」
「仁くんの家に、これ持ってってあげて」
「あ、うん……」
渡されたのは、ママが昼間つくったと思われるビスケットだった。
仁さん、甘いものそんなに好きじゃないから、こういうのは持っていくともれなく私の口に消えるのにな、というのは、なんとなく言い出せないでいる。ママはいつも、仁さんのことを気にしていて、自分の息子みたいに思っているから。
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