05
先輩は、視線をそこに落としたまま、ため息をついて呟いた。
「でも、上谷さ。そいつに好かれてる?」
「……」
「幸せにしてもらってる? 違うだろ?」
「……」
何も、言えなかった。言い訳もできない。幸せになりたくて誰かを好きになるわけじゃない、そう言いたかったのに、先輩の強い瞳がそうさせない。
「大事にされてる? ……されてないだろ?」
「そ、れは……」
「上谷に、彼氏いるのはずっと知ってた。でも、上谷はいつも、悲しそうな顔してるから」
「……」
「いけると思ったんだ」
「……」
「傷に付け込んだり、さみしい隙に付け込んだり、できると思った」
傷口を、先輩の節くれだった指が撫でる。思わず首をすくめると、そこを強く押された。
「ッあ」
「俺じゃ駄目なの?」
気付けば、目の前に篠宮先輩が立っていて、背中にひんやりと当たるロッカーと、立ちはだかる先輩によって、退路がふさがれている。
頭の中で、警鐘が鳴る。逃げなきゃ。だって、目の前のこの瞳を、私は知っている。仁さんが私を抱くときに見せるそれとよく似た、欲望をまとった瞳だ。
「せんぱ、んぅ!」
唇を、唇でふさがれた。抵抗しようと上げた腕を押さえつけられる。驚いて開きっぱなしだった唇の隙間から舌が侵入してきて、優しく、でも荒々しく口内を撫でて吸われる。
「ん、んっ」
じわっと、涙が浮かぶ。先輩がこんなことするなんて信じたくない。
でも、もっと信じたくないのは、自分の体の反応だった。
「ふ、んぁ」
先輩にたっぷり口内を犯されて、私の身体が勝手にその先を求めてとろけだした。いやだ、仁さん以外に、こんなことされたくないのに、反応したくなんてないのに。
私の身体は仁さんにつくり替えられてしまった。
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