煙草と配管工と、まりこちゃん
今日もまた、同じところを行ったり来たりの繰り返し。
「おもしろい?」
「うん、まあ」
江藤さんが煙草を吸いながらやっているのは、横スクロールのアクションゲーム。主人公を画面右に向かって進めて、様々な障害物や敵をかわしたり倒したりしながらゲームは進行していく。最初のうちは、江藤さんも煙草をぷかぷかやりながら余裕ありきという感じでやっているんだけど、そのうちステージが進むにつれて切羽詰まってきて、灰皿に置かれた煙草のことなんてどうでもよくなっている。
私は江藤さんに淹れた紅茶が無駄になったんじゃないかと思いながら、隣に座り込んでそのひげ面の主人公の冒険を見つめる。たしか、このゲーム、もう三回くらい全クリしてる。江藤さん、飽きないのかしら。
「紅茶冷めるよ」
「うん」
生返事だ。完全に私の存在を忘れている。そうですか、可愛い彼女よりもひげ面の配管工ですか。
ちょっと呆れて、私は江藤さんに同じく存在を忘れられた煙草をひょいと取って、ぷかあと吹かしてみる。好奇心だ、いつも江藤さんを虜にしているこいつは直接吸ったらどんな味がするんだろうって。
結果、後悔しかない。肺にその煙が充満した途端、私は派手に咳き込んだ。
「まりこちゃん、どしたの」
ゲームの画面から目は離さず、江藤さんは私の異変に気づいたらしくて声をかけてくる。彼女の非常事態にもコントローラーを離さないそのプロ根性に私はもうがっかりしてしまって、果敢に二口目をいただくことにした。
不味いけど、江藤さんのキスはいつもこんな感じなので慣れてると言えば慣れている味だ。
「まり、駄目」
「えっ」
気付けば画面はゲームオーバーになっていた。てれすててれってれ。
江藤さんがこちらを見つめて私の腕を掴んでいる。
「女の子が煙草なんか吸っちゃ、だめ」
「差別だよ」
「そうね」
「自分がほっといたんじゃん」
「そう、だね」
がしがしと頭を掻いて、江藤さんはゲームの電源を落として私の指から煙草を奪い取った。それを灰皿に押しつけて、私にちゅっとキスをする。
「こっち」
「……」
「うわ、まりこちゃん煙草臭い」
「江藤さんに言われたくない」
とりあえず、ひげ面の配管工には勝ったらしい。江藤さんは今私の唇に夢中。
20140318
20140619