熟睡のすすめ
手を伸ばしてけたたましく鳴る目覚ましを止めた。ふと隣にあるぬくもりに、不意に、何かのテレビで学者が「熟睡したいのならば夫婦であろうと同じベッドで寝ることはお勧めしない」と言っていたことを思い出す。
別に夫婦じゃないけれど、この部屋に泊まった時はいつも同じベッドで寝る。だって一人暮らしの彼の部屋に当然ベッドはひとつしかないからだ。シャワーを浴びてそういうことになって、そのあと彼に「熟睡したいのでソファで寝てください?」なんて言えないし、言おうとも思わない。
別に熟睡したいわけじゃない。泊まりの日は大抵翌日が二人とも仕事が休みだし(幸い二人とも変哲もない会社勤めなのでイレギュラーをのぞいて土日休みである)。
彼がもぞもぞと身じろぎしてぱかっと目を開けた。まるで、まばたきのようにぱかっと。
「……なんで目覚ましかけてるの」
ただ、その声は明らかに起きぬけで、今まさに目覚めたに等しい掠れた音だった。私はその掠れた音を出した唇にそっと自分の唇を押しつけて、ごめんね、と音にせずに伝える。
枕元に置いておいた携帯電話のアラームが鳴ってしまったのだ。ついうっかり、いつも起きる時間の設定をオフにしていなかったせいで。
「まだ寝る?」
「うん」
年上の、ちょっとした理由でばつのついている彼は、いつも頼りがいがあるし威厳も兼ね備えているけれど、こうした時だけ甘えたように幼くなる。
まぶたを下ろして、すぐに眠りに足を引きずられた彼をそっと見やり、私は寝返りを打って腹這いになり、両肘をシーツについて顎を支えた。なんだか、目が覚めてしまった。
普段、うん、という言葉について、そんな可愛い言い方しないくせに。
首をひねって、彼を見下ろす。すうすうと規則正しい寝息を立ててすっかり夢の中だ。私が隣にいるのに、熟睡。ちょっと面白くない。
硬い、白髪混じりの髪の毛を撫でる。そのままこめかみから側頭部にかけて撫でつけるようにして、寝癖で遊ぶ。子どもがむずかるように彼が眉を寄せてまた、ぱかっと目を開いた。
「寝たいんだけども」
「うん、寝てていいのよ」
「君は寝ないの」
「目が覚めちゃった」
ふうん、と空気を吐くように呟いて、彼が再び目を閉じる。今度はあやすように頭皮を優しく撫でると、彼はふうとため息をついて本格的に眠りだした。
ベッドのすぐ横の窓に引かれたカーテンの隙間から、朝陽が少しだけ漏れだしてこの部屋を今にも照らそうとしている。きっとすぐ日も高くなって、日曜の陽気な朝を演じだす。
肉体的に熟睡できなかったとして、それがなんだ。私はこんなにすっきりと目覚められるほど、精神的に満たされているのに。
夜の間に少し伸びただらしないひげを撫でて、私はうっとりと微笑んだ。
よく眠れたその朝は、この人がこんなに愛しい。
20140313
20140619