深夜の事情
もそもそと身じろぎする。隣で寝ている彼女を起こさないようにそっとベッドを抜け出して、月の光が差し込む廊下を歩く。しん、と静まり返った深夜のことだ。闇の中で何かが蠢いているような、そんな不気味な錯覚を覚えるくらいに深い静寂に包まれている。
歩き慣れた自分の家の廊下を進み、トイレの電気をつけた。明かりの中に飛び込む。そして急いで用を足して水を流す。その音がやけに大きく響いて、彼女が起きないか不安になったけれど、ベッドに戻った時彼女はあどけない寝顔ですうすうと規則正しい寝息を立てていた。少し目が冴えてしまい、そのまま彼女の寝顔を見つめる。
愛らしい低い鼻の周りに散ったそばかすを彼女は嫌うけれど、僕はいいと思う。大人になり切れないようなその幼さが愛おしいのだ。閉じたまぶたが時折痙攣して、夢を見ているのかなと微笑ましくなった。
「……」
そっと頬に触れてみる。ふにっと柔らかく、確かな張りがあって、若さを見せつけられているかのようだ。
「ん……」
「あ」
彼女がうっすらと目を開けた。そして僕を捉える。
「……何?」
「いや、起こした? ごめん」
「……またトイレ?」
「……」
寝惚けた彼女の言葉に、僕はうっと詰まる。
「最近悩んでるもんねえ」
無言でため息をつくと、彼女は寝返りを打って僕のほうを見て、むにゃむにゃと口の中で喋るように眠たそうに言う。
「お医者さん行ったら?」
「恥ずかしいじゃないか」
「でも、悩むよりいいと思う」
「……」
言いたいだけ言って、彼女はまた目を閉じた。そしてすぐに眠りについたらしく、すう、と息を吸う。残された僕のため息だけが響いて、情けなくなる。時計の秒針の音をやけに意識した。
頻尿なんてものに自分が悩まされる日が来るようになるとは、思ってもいなかった。まるでおっさんじゃないか、と思ったあとで、僕はもういい年したおっさんなのだよな、と考え至り、とほほとなる。
彼女の艶のある黒々とした髪を撫でてため息をつく。こまっしゃくれた利発そうな額の白さが憎たらしい。
更ける夜、ひんやりとした初秋の空気。やっぱり病院に行くべきなのかな、と思いながらも、彼女の隣に横たわった。
20140825