TLおじさん

 完膚なきまでに叩きのめさねばならない。このおじさんを、ほかの誰でもない私の手によって。
 一流企業のサラリーマンとしてそれなりにふつうにキャリアを積んできて、私生活は少しだらしがないようでばつが二つついていらっしゃる彼は、なぜか急に女性向けR指定の小説新人賞をとるとか言い出した。
「何言ってるの?」
「僕はいたって本気だよ」
 本気か遊びかは聞いてない。ただ、本気だとしたらこのおじさんはおかしい。もっと他に賞はあったろう、ライトノベルとか、ふつうの文芸賞とか。いつどこで何をどうやって間違えたらR指定の小説賞に転ぶ? 四十も過ぎた、休日は無精ひげ生やし放題の昼間まで寝ているようなおじさんが。
 別に、書く文章で人を差別するつもりは毛頭ないんだけど、ちょっとあまりにも女性向けR指定小説とこの目の前のおじさんの風貌がかけ離れていて、きつい。と言うか私がそれを読む立場なら、こんな顔したおじさんに書いていてほしくはない。
 私は、燃えている(萌えている?)おじさんを尻目に、スマホをいじっておじさんが応募しようとしている小説賞の応募要項のページを開いた。
 ……。ちょっと待ってよ。
「おじさん、これ女性しか応募できないよ?」
「知ってますよ」
 女性向けの小説なのだから当たり前っちゃ当たり前なのかもしれない。まさかこのおじさんは、そこを性差別だとかまっこうから体当たりするつもりなのだろうか。世も末だ。
 胡乱な目を向けていると、おじさんはキーボードを叩く手を止めて私のほうを振り返る。
「がんばってね、未来の新人官能小説家さん」
 きゅるん、と星マークが語尾につきそうな勢いで私にウインクをしたおじさん。決まってないよ、両目つぶっちゃってるよ、と言うかその年でそのワイルドな無精ひげ生えまくった顔でぶりっこしないでよ。……って、新人官能小説家?
「……あなたまさか私の名前で投稿するおつもりですか」
「そうだよ」
 きゅるん。
 ……。
「ふざけるな!」
 そんなものはばれた時点で応募資格がないんだよ、もし選考通過して大賞とっちゃったとしてもばれた時点で失格なんだよ、と言うか人を勝手に官能小説家に仕立て上げるこの神経どうかしてる。
「だ、だめなの?」
「なんでイケるとか思ってんの?」
 年甲斐もなく唇をつんと尖らせたおじさんは、じゃあ、とブラウザを立ち上げて何やら検索している。
「これならいい?」
 ディスプレイを覗き込むと、そこにはなんかもういかにもエロそうなタイトルの本の紹介が並んでいた。てぃーえるしょうせつ……?
「年齢性別不問でエロが書けるよ!」
 このおじさんはどこを目指しているのだろう。


20140611
20140619