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 宮野さんがデートに遅刻した。お仕事だったんだって、残業お疲れ様です。
「とでも言うと思ったか?」
「……」
 何時間遅刻したと思ってるの? 三時間だよ? カップラーメンが、えっと……何十個もできるよ?
 しかもそのカップラーメンを何十個も作っているうちに、ひとつの連絡もないんだよ。私はこの寒空の下、ずっとずうっと待ってたんだよ、もしかして何か事故や事件に巻き込まれているんじゃないだろうかってすごく心配したんだよ。
 それがさ、仕事が押してって言われてごめんねの一言で済まされようとしている。私は騙されない。宮野さんは嘘ついてる。
「ほんとうは仕事じゃなかったんでしょう?」
「……ごめん」
 だって宮野さんは嘘をつくのが下手だ。すぐ顔に出る。頬がぴくりと引きつって、眉が寄るんだ。
 電話にも出ることができずメールの返信もすることができなかった理由を、私は知っている。
「……私、宮野さんのこと、好きだよ」
「え」
「だからね、嘘つかれて悲しい」
「ごめん……」
 六時に約束していたのに、もう街はすっかり夜の顔をしている。ネオンがきらきら輝いて綺麗で、赤と緑と金色のコントラストが綺麗で、道行くカップルは幸せそうで、でもそれがぐらりと歪んだ。滲んだ。
 ずっと待っていたから、今日のために選んだ靴に包まれた足が悲鳴を上げている。途中で近くのカフェに寄ったりして時間を潰したけど、ずっと待っていたから。
 ずっと待っていたのは今日だけじゃない。私は毎日毎日待っている。宮野さんが身軽になってこちら側に来てくれるのを。そんな出来事は起こるはずないって、分かっているけど待つことはやめられなかった。
 自分が正しいことをしているなんて微塵も思ってない。確実に三名ほどの人を悲しませる恋であることは分かっているし、認めてもらおうとも思ってない。けれど、けれど。
「……どうせなら、待たせないで、来れないって言ってほしかった」
 宮野さんは仕事を定時で終えて家に帰ってしまった。あたたかいクリスマスディナーが待っている家に。
「なんで期待させたの? クリスマス一緒にいられるよって言われたら、女の子は期待するよ?」
「……」
「もういいよ。もう私は宮野さんを待たない」
「……」
 たぶん宮野さんは自分から終わらせることができない、優柔不断でどっちつかずの人だから。だから私から終わらせる。もう、今年限りでこの恋は清算する。
 三時間でカップラーメンがいくつできるか分からないけど、その時間を無駄にしたとは思ってない。だって恋だったから。
 だって、そうだ、私は確かに恋していたから。
「……どうやって計算したら出るんだろ」
 帰りの電車でカップラーメンがいくつできるか計算しようとしたけど、そもそも掛ければいいのか割ればいいのかも分からなくて、ああ私って馬鹿だなって。
 ごちゃごちゃした車内は、私のため息を押し潰してくれた。
「六十分の、三倍して、それを……三分で割るのかな」
 ひゃくはちじゅうわるさん。
 やっぱり、答えはでなくって、それはまるで私と宮野さんの関係のようだった。式はできてて、もうあとは計算するだけなのに、答えが出ない。そんな私と宮野さん。
 宮野さんは、幸せだったかな。だったらまだ、いいけど。私も、報われるけど。
 涙も出ない恋の終わりには、やっぱりカップラーメンを食べるべきだと思った。


20140605
20140619