甘えんぼのホテル論

 岡本さんは完全にあたしを操縦しているつもりでいるが、そうじゃない。あたしがうまいこと操縦されてあげているのだ。ちょっとわがままで可愛くて素直な若い女の子って、おじさん好きでしょ?
 おいしいご飯に連れて行ってもらった時はちゃんと喜んで写真を撮るし(格式の高そうなお店の場合、店員さんに了承を取るという淑女な一面を見せることも忘れない)、きれいな夜景は目をきらきらさせて岡本さんの腕に抱きついてムード出すし、年上の威厳を見せられた時は素直に感動してみせる。あたしにとってはそんなの演じるくらい、朝飯前なのだ。言っとくけど年上とか年下とか関係ないから、男なんてみんな単純だから。
 甘えていれば可愛がってもらえるの、知ってるもの。
 電話口で、今日は仕事が押してて会えそうにない、と言われた時、あたしはちょうど爪を見ながらそろそろサロンの予約入れなくちゃ、とか思っていたわけなんだけど、それはそれはさみしそうな声を出すことに成功した。
「ええ〜、約束してたのにぃ」
「ごめんね、埋め合わせするから」
「今日会えなきゃやだ」
 困ったような声を出すけど、岡本さんがうれしがっているのがもう丸分かりで笑えちゃう。まあ結局、次のデートで少し高いご飯を食べさせてくれるというので示談は成立し、電話は切れた。
 岡本さんにしてみれば、あたしを夢中にさせてる俺ってなんて罪な男なんだ、と言うところなんだろうけど、事実手のひらで転がされているのが自分であることには一切気付いていない。そういうところも、間抜けで好きだけど。
 そして岡本さんに甘えたそのすぐあとにネイルサロンに予約を入れて、次はどんなネイルにしようかなとか考えていたわけだ。
 たぶんあたしには、自我というものが存在しないか、ごくごく小さいかのどちらかだと思う。相手に合わせて服装やメイクを変えてあげるくらいなんとも思わないし、それであたしに夢中になってくれるなら構わない。いろんなテイストに自分を染めるのは悪いことだとは思わないし。いや、もしかしたら、相手に合わせてそれで相手の自尊心が満たされるのを見てせせら笑うのがあたしの自我かもしれない。
 そんなこんなで、岡本さんとのデートの日なわけだが、あたしは可愛くヘアメイクしてネイルも新しくして、可愛い服を着て嫌味じゃないくらいの香りをまとって、待ち合わせ場所に三分遅れていく。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「ううん、俺も今来たところ」
 でれでれしている岡本さんの腕に自分の体をすり寄せたら途端にご機嫌になる彼は可愛い。
 なんて言うか、あたしは女の子に嫌われる。たぶんこういう媚び売る態度が悪いんだってことは薄々勘付いているけど、別にいいやと思う。
 岡本さんを操縦していようがなんだろうが、あたしは岡本さんが好きだし、今までの恋人もちゃんと好きでいたし。相手をうまく取り込もうとして愛想をよくすることの何が悪いのか全然分からない。
 ちょっとお高いご飯を食べたあと、岡本さんは当然のようにホテルに行こうとする。岡本さんはいつもラブホなんか行かない。ふつうのホテルに行く。高いけど、あたしをラブホなんかに連れて行くのは嫌だと言う。
 そんな、あたしという存在に夢をみている辺りも可愛くて好きだけど、今日はちょっと違う。
「ねえねえ」
「ん?」
「あのね、友達が面白いホテル教えてくれたの、行きたい」
「面白いホテル?」
 眉を寄せる。ラブホも最近は進化して、いろんなセールスポイントがあるんだ。友達は友達でも男友達だが、そこは伏せておこう。
 なんだかんだ説き伏せてうまいことそのホテルに行けるようにして、あたしはやっぱり思う。
 ふつうのホテルのお風呂より、ラブホのお風呂のほうが広くて心地いい。でも慣れてない感は出す。岡本さん、なんかあたしに夢をみてるから。
 でも、面白い部屋は取れなかったので、普通のラブホの一室であることに岡本さんはちょっとご立腹。
「ごめんなさい」
「いいよ、別に」
「怒ってる?」
「怒るわけないでしょ」
 しょんぼりしてみせたら、岡本さんは慌ててあたしの頭を撫でてキスをしてくれた。
 別に、そんなにその面白い部屋に行きたかったわけじゃないので、あたし的には別にどうでもいいんだけど。ただ単にラブホの広いお風呂に入りたかっただけだし。
「はい、おいで」
 お風呂にお湯をためて、岡本さんがあたしを手招きする。ちょっとお肉が気になるらしいおなかに抱きつくと、岡本さんの顔がだらしなくやに下がる。
 可愛い岡本さんと可愛いあたしは、今日はラブホで仲良しだけど、たぶんこれっきりね。岡本さんは次から何が何でもふつうのホテルに連れて行きそう。
 また頃合いを見て言い出してみよう、と思いながら、興味津々なふりしてジャグジーのボタンを押した。


20140318
20140619