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 じゃあ、あのとき見せた冷めた顔は、自分に対する憤りであったということだろうか。あゆむが黙ったおかげで、わたしに少し考える隙ができた。
 うまく伝わる自信はまったくないのだけれど、あゆむがそうしたように、わたしも気持ちをちゃんと伝えたいと願う。

「そりゃあ、そういうこと、少しは思ったけど。でも、わたしが泣いてたのはそんな理由じゃないの」
「……」
「ほんの一瞬だったけど、すごく気持ち悪かったの。わたし、あゆむ以外にあんなことされるの、いやだよ」
「……」
「あゆむ以外が触ったのがいやだったから、泣いただけ」

 大きな絆創膏が、傷を覆い隠した。
 見たところ、背中にはもう傷はない。むき出しの肌からは、あゆむの香水と汗と少しの鉄のにおいが混じった、すごく色っぽい香りが立ち上る。ああ、消毒液のにおいが、邪魔だ。
 香水を、その日の気分や体調で決めるあゆむは、日によってまとう香りが変わる。今日は、パウダーみたいに甘い、実はわたしのお気に入りの香りだ。
 後ろから手を回すようにして、背中に頬を押し付けてすりすりと押し付けると、硬い肌の質感が心地よくて安心する。
 そうして抱きついたまま甘えていると、あゆむから抗議の声が上がった。

「やめろ、くっつくな」
「……やっぱり、嫌いになったの……?」
「そうじゃなくて」

 おへその辺りで組んだわたしの腕があゆむの手によって外されて、わたしのてのひらが誘導されたのは、やっぱりと言うべきか何と言うか、「やっぱり」だった。
 とりあえずここは、叫んでおくべきだろうか。

「あゆむ……正直すぎる……」
「お前相手に正直になんないでいつなるんだよ」
「……それ、殺し文句って言うんだよ」
「あ? そーなの?」

 なんとなく気恥ずかしい手の位置に、頬が少し熱くなるのを感じつつも、やわやわと撫でてみる。焦ったような戸惑うようなあゆむの声と一緒に、ものすごい力でそこから手を外されて背中に密着していた体も押し戻される。
 いまひとつ意味の通じないことをぶつぶつとぼやきながら、そばにあったタンクトップとパーカーを着てしまう。
 おかしい。いつもなら絶対に流れで危ない空気になるのに。むしろ、そうなるように少し勇気を出して積極的に振る舞ってみたつもりなのに。

「……あゆむ?」
「…………今は、マジでムリ」
「なんで?」
「んだよ、ヤりてぇの?」
「別に、そういうわけじゃないけど……」

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