「弥生ちゃん、神楽ちゃん。久しぶり」
あれから数日後。傷もまだ癒えぬまま、弥生達は今披露宴会場のロビーにいた。銀時と新八が受付を済ませている間、飾られている巨大な花嫁のドレスを眺めていると、一人の眉目秀麗な男が弥生と神楽に近づいてくる。鮮やかな金髪を靡かせ、優しげな笑顔を浮かべるのは警察庁副長官、瀧華十夜だ。 二人の傍に寄る彼は神楽の右手に巻かれた包帯を見て笑みを消した。
「どうしたの?」
「大したことないアル。明日にでもなれば骨くっつくネ」
「すごいね。お腹の中に九尾でも飼ってるのかな?」
『十夜もご飯たべにきた…?』
「うん?」
『ぎんが…いつもじゃ食べられないものたべれるって…』
「しかも食べ放題みたいアル!たらふく食べてもいいアルヨ!キャッホォ!」
「…うーん…」
二人の話に十夜は困惑顔で周りに目を向ける。会場には新郎と新婦の関係者が集まっている訳だが、そこは混沌と化した光景が広がっていた。 銀時達万事屋が招待されたこの宴会は、真選組局長近藤勲と猩猩星王女バブルスの結婚披露宴である。 幕府が近藤に持ちかけたゴリラとの縁談は実を結び、二人の門出を祝福しようと大勢のゴリラが列席していた。礼装に身を包んだゴリラ達を遠巻きに眺める人間の図は、柵のないゴリラ園状態であった。
「新婦の星に配慮した式だから、二人が期待するご馳走は出ないかも」
戻ってきた十夜の視線に、彼が何を見ていたのか理解した弥生の頭にひとつの果物が思い浮かぶ。
『…バナナ?』
「やったアル!果物の王様をいっぱい食べれるなんて最高ネ!」
手放しで喜ぶ神楽に頷く弥生。安上がりな少女二人に十夜は憐みの色を湛えた微笑を浮かべ、彼女らの頭を撫でる。
「今度俺と一緒にちゃんとしたご馳走食べにいこうね」
何故そんなことを言われたのか知る由もない弥生と神楽はそろって首をひねる。
「タッキーバナナ嫌いアルか?」
「うん、だからこの式には出席しないんだ。丁度これから外せない用事もあるし、人身御供…じゃないや、近藤に挨拶しに来ただけ」
『じゃ…もう行くの?』
「本当はもっと二人とお喋りしてたいんだけどね。でも悪目立ちしそうだから」
挑発的な笑みを向ける先へ目を移すと、鬼気とした表情でこちらにやって来る銀時と必死に彼を追いかける新八の姿があった。「恐い人が来るから行くね」と楽しげに笑って手を振る十夜を二人も手を振って見送る。唸り声でもあげそうな銀時が隣に立った頃には、十夜は会場を出た後だった。
「おめーらの処女膜は無事か?」
銀時の顔面に神楽の拳が沈んだのは言うまでもない。
「新郎新婦入場です!」
照明が落ちた宴席で、スポットライトに照らされた人間とゴリラのカップルを沢山の拍手が出迎える。
『…でかい…』
「でしょ?」
神楽の話に聞いたとおり、人間の三倍はある大きなゴリラが近藤と一緒に目の前を歩いていく。
「銀さん」
メインテーブルに腰掛ける彼らを見つめ、淡々と拍手を送っていた新八がついに口を開いた。
「人間一体どう転ぶとあんなことになるんですか?」
「見合いで脱糞してワントラップいれるとああなるんだよ」
「旦那、笑い事じゃないですぜ」
そう声をかけたのは式が始まっても自分の席につかず、松葉杖を支えに銀時の傍らに立つ沖田である。
「いや笑ってねーよ。つーか笑えねーよ………他人の結婚式で泣きそうになったのは初めてだ」
「なんとかなりませんかねェ」
其の実、銀時らは二人を祝うために呼ばれたのではない。近藤をゴリラから奪還したい真選組一同が万事屋に頼み事をしたのだ。 ゴリラの嫁は嫌、ゴリラを敬いたくない、それが近藤達の本音なのだがそう言えないのは彼らの上司、松平片栗虎の存在があるからである。真選組は松平の管轄にあり、故に勝手な真似をすれば組織ごと消されかねない。そこで部外者である万事屋を頼り、この披露宴をぶち壊してほしいと沖田は銀時に行動を促すが
「ブチ壊すって沖田君、最初からこの披露宴壊れてるだろ。ゴリラだらけだもの。最初から壊れてるもんを壊すなんてさすがの俺にもできねーよ。ゴリラだらけだもの」
「そりゃねーぜ旦那。なんやかんやで俺たち姐さん救うのに一役かったんですぜ。これで貸し借りなしにしやしょーや」
だが銀時は腰をあげず、テーブルを一色に染めているバナナへ手を伸ばす。やる気ない彼に嘆息をついた沖田はターゲットを変更し、銀時の隣に座る弥生の腕を掴み、立たせようと引っ張る。
「もうお前でいいから近藤さん助けてこいよ。卒業やってこいよ」
『チョコバナナたべたい…チョコないの…』
「だな。どうせならチョコフォンデュぐらい振舞ってほしかったな」
「無理ですよ。動物にとってチョコレートは毒ですから」
「新八ィ、今度バナナのジャム作ってヨ。パンにぬって食べたいネ」
「オイ無視すんなィ」
普通に雑談が始まろうとした時、沖田の胸元からノイズ音が走る。取り出された無線機は近藤の切迫した声を伝えてきた。
「お前ら何やってんだ!早く披露宴ブチ壊してくれ!!どーぞ」
滞りなく進む披露宴に痺れを切らしたらしい近藤も催促するが、やはり銀時は行動を移さず沖田に案内されて厠へと向かった。 二人の背中を追っていた目を、テーブルに放り出された無線機に落とした弥生は、それを手に取り口元へ寄せる。
『ゴリさん…』
「!弥生ちゃんか!?頼む助けてくれ!俺をゴリラの魔の手から救い出してくれ!!」
『ゴリさんのために覚えた…聞いてください』
「え?」
『ばたふらい、今日は、いままぁ〜で〜の』
「やめてェェェ!!今それ歌わないでェェェ!!全然素晴らしい日じゃないからァァ!俺その歌大好きだからトラウマ曲にしないでェェェ!!」
『…そう』
弥生は無線機を静かに置いた。
「それでは新郎新婦どうぞ前へ」
進行役の指示に従い、頭を垂れる近藤とバブルスが前に出る。共同作業という言葉と共に用意されたベッドを見て、弥生は自分の布団を恋しく思った。
「弥生ちゃんもうバナナ食べない?」
『お腹いっぱい…あげる』
「じゃ、残りはもって帰ろう」
『チョコかけよ…』
「バナナチップスも作ってヨ」
「ていうか二人とも、自分で作るってことはしないの?」
『「……………』」
「黙るなし」
突然だった。空を切り裂く鋭い音が会場を支配した。 ベッドに寝転ぶバブルスを見て立ち尽くしていた近藤であったが、彼女につまみ投げられ、宙を浮いていたところを飛来してきた薙刀に壁に縫い付けられる。 静まり返る場内の視線は薙刀が放たれた方向へ注がれる。そこに立つ人物は――
「お妙さァんんんん!!」
「姉上ェェェ!!」
「アネゴォォォォ!!」
妙の登場は真選組一同を歓喜に沸かせた。涙して喜ぶ隊士達に対し、ゴリラ達は胸を叩いていきり立つ。式の進行を邪魔した妙を排そうと動き出したゴリラ達であったが、とうとう我慢ならなくなった隊士達が抑え込み、近藤とバブルスまでの道を開いていく。華やかな式は一変して乱闘となり、その中を妙が勇ましく駆け抜ける。
「てんめェェェ何してくれてんだァァァァ!!私のおっ…」
一旦言葉を切り、高く飛躍した妙は強烈な飛び蹴りを喰らわせながら続けた。
「弟に、何とんでもねーもん見せてくれとるんじゃァァ!!」
近藤諸共ぶっ飛ばされた光景に絶句する隊士達。その拍子に薙刀が外れ、バブルスと一緒に倒れる近藤など目もくれず妙は新八と神楽の手を取る。
「帰るわよ、弥生ちゃん!」
無邪気で楽しそうな妙の笑顔。それは彼らが護ったもの。 眩しそうに目を細めた弥生は頷き、妙の背中に続いて走り出した。
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