再度二人は対峙する。恐怖は依然居座ってはいるが、嫌悪はすっかり鳴りをひそめている。 それはきっと、自身の剣に意義を見出だせたからだろう。 九兵衛が妙と添い遂げることを望むなら、叶えてやりたい。妙が横に居て九兵衛が笑うなら、その笑顔を護り通したい。 決意は結城の中で確かな覚悟となった。 静かに木刀を構えると、弥生が一方を逆手に持ち替える。沈黙は双方の地を蹴る音で破られた。 突き出された鞘先を躱し、弥生の背後に回り込む。しかし見越していたのか弥生は身体を反転させて背後を薙ぐ。反射的にのけ反って逃れることが出来たが、鼻先を掠めた刀に冷や汗が滲んだ。更に身体を回転させて繰り出された一撃を今度は受け止める。押し返そうと一歩踏み出すが全く動じない細腕に結城は眉を寄せた。
「あの…なんか、異様に力強くありません?」
『あんま力入れてない…』
「嘘ですよね?冗談ですよね?じゃないと泣けてくるんですが」
仮にも男で、筋肉をつけようと日々奮闘しているというのにあんまりである。 挫けそうな心を立て直すべく、受け止めた状態のまま弥生の額目掛けて突き出すが避けられる。鍔ぜり合いから解放されたものの、次からは弥生と剣を組まない方が良さそうだ。そう考えた結城は弥生の周りを駆け巡る。唯一の持ち前である素早さで翻弄するためだ。 一歩も動かなくなった弥生に結城を捉えた様子はない。皿を割れる隙をつくるべく、四方八方から攻撃を浴びせる。見えない剣撃をギリギリでクリアしていく弥生であったが、ふと疲れたように肩の力を抜いた。直後、結城の太刀が脇腹へ入る。 これに驚いて怯んでしまった結城は木刀を弥生の脇に挟まれてしまい、動きを封じられた。となれば、弥生のターンがやってくる。 引かれた腕に握る刀の狙いはもちろん腹にある皿。咄嗟に庇った腕が軋み、受けた力に身体は後方へ倒れた。 痛みに浸ってる暇はない。立ち上がると片腕でしっかり木刀を握りしめ、弥生に向かっていく。そして弥生も結城に向かって駆けて行き――
ぱんっ、と響いた音が終止符を打った。
木刀と皿が砕け散る。振り返ると弥生もこちらに顔を向けており、額の皿は端が少し欠けていた。
「俺の負けですね」
『ひきわけ…』
「いいえ、始めから俺はもう負けてたも同然です」
見事に壊れた木刀と皿が清清しかった。 納得のいく敗北は結城の前にはっきりと道を照らし出し、そこへ進もうと動く足は紛れも無く、結城の意志で踏み出したものであった。
「やっぱり俺、まだ柳生にいたい。もっとちゃんと自分と向き合って、今度こそ若様を護れるように強く、なりたいです」
柄だけの木刀に目を落としたまま呟いた結城は、再び剣の道を歩むきっかけをくれた弥生へ視線を移すと、彼女は座布団を枕に縁側で横たわっていた。
「…………………あの、弥生さん。新八さんのところに戻らなくていいんですか?」
『お皿われた…。ゴリさんいるし…いっぱい動いてねむたい…』
「いやだからって眠れるもんですか?他の人がどこかでシリアスに戦ってるというのに」
『千歳、あそびに来た人にはふとんを出してあげるんだよ…』
「どこの国のおもてなしですかそれは。聞いたことないんですけど」
すっかりだらけきった弥生に結城は苦笑を浮かべていると、何かを思い出したのか、彼女は小さく声を上げた。
「どうかしましたか?」
『けっこん…』
「?」
『けっこんって、女の子同士もできるの…?』
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