「ずっと思ってたんです。この道、俺には向いてないなって。柳生に入門したのだって、俺の意思じゃないし…」
武家に男子として生を受けた結城に用意された道だった。 だが今の世は侍を必要としていないと気付いた時、言われるがまま歩んできた道に疑問を抱くようになった。
「それでも、俺なりに頑張って剣を振り続けてきたんです…成果なんてありませんでしたけど」
何の為の剣なのか。 士の道を行く目的は何なのか。 見出だせない答えは剣を鈍らせ、稽古にも身が入らなくなった。そんな結城を、彼の父親はきつく責め立てた。 武士の子なら迷うな、と。 これに結城は生まれて初めて父親に噛み付いた。 剣がなくても世は平和だ。むしろ剣という凶器があるからこそ、争いは絶えないのではないか。 もう武勲で成り上がる時代ではないのだ。今更剣術を極めたところで、何の意味があるというのか。 結城の反抗に父はまるで更正施設にでも送り出すように息子を柳生へ向かわせた。強くなるまで帰ってくるなと、脳裏に焼き付いた眉間の皺に、結城は乾いた笑い声を漏らした。
「ホント…強いって何なんですかね…」
弱々しく呟くと、目の前に弥生がしゃがみ込む。 合わさった目線の心地悪さに前髪を掻き混ぜ、無理矢理笑顔を形づくる。
「最後ぐらい、武士らしく潔くします」
努めて明るく言い放ったのは、未練を感じないようにするためか。
「(―――未練?)」
正座に座り直しながら結城は反芻する。不本意な剣に未練でもあるというのか、はたまた弥生を止められなかったことか。 後者は非常に悔しく思うが、武士の道を断とうとする今、彼女がこれから何をしようと自分には関係なくなる。そう考えて痛んだ胸から腹へ皿を付け直す。
「このまま戦っても弥生さんの皿割れそうにないし、弥生さんはどうしてだか俺の皿割る気ないですよね?…こうした方が弥生さんも新八さんのところへ行けるし、敵に割られなきゃ柳生の威信も守れる…かな。あ、もちろん形だけですよ!俺まだ死にたくないし…」
つくづく武士にあるまじき発言だなと結城は一人苦笑した。もっと昔、天人がまだいない世に生まれて先刻のことを口にしたら間違いなく厳罰が下されていたことだろう。 教わった作法に短刀と言われたが、色々不足している手前この際木刀でもいいのだ。自分の皿が割れれば何だって。 短く握った木刀を己の腹に向ける。もしこれが冷たく光る玉鋼で、仏間に白装束でいる状況であったならば心底泣けてきただろう。
「……時間を取らせてすいませんでした」
両手に力を込めたときだった。 強く、弥生に手首を握られる。
「弥生さん?」
見守るだけだった弥生からの突然の制止に結城は戸惑う。一刻も早く新八の側へ行きたいであろうに、どうしたというのか。
「あの、」
『私…お妙の笑った顔好き。それ見て笑う新八も好き』
これまた唐突に挙げてきた少女の好きなもの。訳が分からずに結城はただただ弥生を見つめ続けた。
『二人が一緒にいるのが好き。離れてほしくない…だからお皿割る』
「……」
『だから…負けない。負けたくない』
それが、弥生が使う力の理由であると。 新八の為というより弥生自身の為の剣ではあるが、実に純粋な彼女の想い。 そして浮き彫りになる、己の魂の脆弱さ。
『千歳も…』
「え?」
『千歳も、九兵衛とお妙離したくないから…戦う』
「…!」
『だって…九兵衛のかなしい顔、みたくないから…』
弥生の言葉に、結城は力無く首を振る。
「違う…違うんです弥生さん。俺は貴女みたいに、そんな綺麗な理由で参加したんじゃないんです…。俺は、俺はただ――」
怖かっただけなんだ。 人を傷つけ、それ以上に傷つく己が怖かった。だから剣を拒絶した。力を悪とした。全ては、傷つきたくない心を守りたいが為に。
「俺、すっげー雑魚ですね!こんな気持ちで剣に取り組んだって、そりゃ強くなれる筈ありませんよね」
弥生は、そんな心を正当化してくれる存在だと思った。腰に差しながら使われなかった刀を見て、必要のないものと安堵できたからだ。 故にこの勝負に立つ彼女を否定したくて駆け回り、結果気付いてしまった自分の根底。
「はは……弱すぎ…ホント…」
情けなさに俯く結城の胸にそっと弥生の手があてがわれる。不思議に思って顔を上げれば、真っ直ぐに見つめてくる瞳があって。
『千歳なら…勝てるよ』
同情でも慰めでもない励ましが可笑しかった。
「弥生さん…負けたくないんじゃないんですか?」
『うん』
「…今からでも、若様の未来を護れるでしょうか?」
『さあ…』
「そこは嘘でも大丈夫と言ってほしかったです」
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