ところが、結城の木刀は弥生の額から大きく外れ、剣先は何も捉えられなかった。
腕の痺れに困惑する。皿を割れなかったのは弥生が刀で攻撃を払ったからなのだが、真剣が放つ一撃というのはこんなにも重いのだろうか。それにしては弥生の動作に力んだ様子は見受けられなかった為に結城は益々混乱した。
不可解な事態に呆然と固まる結城は今更ながら弥生との距離が近いことに気付き、急いで間合いを取り体制を立て直す。かなりの隙であったにも関わらず反撃しなかった弥生は、立ったまま船漕いでいた。


「え?まさか…寝てんですか?…弥生さーん!?」

『……、勝負だからしょうがないね』

「完全に寝てましたよね。俺の話完全に聞いてませんもんね」

『さあこーい…』

「………………………」


弥生のペースに調子が狂う。これ決闘してるんだよな?決闘であってるんだよな?と不安になる程、彼女との対立には緊張感が欠如している。
引き締まらない空気の対処法を見つけられずに戸惑うも、結城はもう一度弥生の額を狙って突きを繰り出す。が、先刻と同様に木刀の軌道をずらされ、よろめく身体を踏ん張って支えると素早く体制を整えた。
弥生はやはり、攻撃してこなかった。


「何故…打ち込んでこないんですか」


往なすばかりで攻めてこない弥生に結城がそう問いかけたのは数分経ってのことだ。
相対した手前、闘志は全くないように見えてあるのだろうが、ならば何故皿を割にこないのか。そんな結城の疑問に弥生は数回目を瞬き、こてんと首を横に倒す。疑問に疑問符で返答されてしまい、結城には困る他なかった。
しかし、掛かってこないのなら好都合であったりする。弥生の刀が振るわれる前に、早いとこ勝敗を決しなければ。
結城は低く腰を落とし、再度弥生へと向かっていく。切っ先の狙いは言うまでもなく、彼女の額にある皿。そして、木刀から伝わってきた硬い手応えに結城はひどく驚いた。
打ち払われると予想していた剣が、この時初めて弥生の刀に受け止められたからだ。
少女の行動の変化に気後れした一瞬、もう一振りが結城の手から木刀を弾き飛ばす。空へと昇る木刀に目を奪われる結城だったが弥生の存在を思い出し、戻した視線の先では攻撃を放つ直前の弥生が映し出された。
殆ど反射的にその場を離れ、突き出された刀から逃れる。打ち上げられた木刀が弥生の後ろで地に跳ね返る様子を確認しても、拾いに行くにはあまりにも遠く、難しかった。
無腰を相手に容赦なく繰り出される弥生の剣を辛うじて躱す。非道とも取れる猛攻に焦った結城は振り下ろされた一撃を紙一重で避けると弥生に背を向けて勢い良く駆け出した。あのまま必死に攻撃をかい潜っていたのでは、いずれ皿を割られてしまう。この窮地を脱するには、木刀を取り戻す一択しかなかった。
追ってくる足音を少しでも遠ざける為、結城は庭を大きく迂回して木刀に接近し身を屈める。崩れた体勢に足が縺れて転倒するも確かに掴んだ得物。背後に迫る足音へ結城は座り込んだまま、無我夢中で牽制の太刀を放ち―――鼓動が大きく跳ね上がった。
どっ、と、顔のすぐ横で弥生の刀が土に刺さる。それにもたれ、覆い被るようにして見下ろす弥生を結城は茫然と見上げた。


「弥生、さん…いま、なんでわざと…!」


暴れ狂う心臓と同調して、寸止めた木刀が震える。
振り向きざま、結城が見たものは完全に構えを解いた弥生が故意に木刀の軌道へつっ込んでくる姿だった。あと少し反応が遅れていたら、弥生の頭を強かに打ち付けていた。
一体全体、何の意図があってあんな真似をしたのか。勝負を降りない割には守りに徹するだけで、かと思えば唐突に攻めてきたりと全くもって不可解な行動ばかりを起こす彼女。弥生の真意を探ろうと、結城は紫の双眸に目を凝らすが、読み取れるものは何もなかった。
ふと、弥生が刀身に頭を寄せる。腕に走った軽い衝撃に、結城の肩がびくりと揺れた。


『どうして…打ち込んでこないの』


それは結城が弥生に尋ねた言葉であった。
同じことを聞かれた結城は目を見張り、そして苦々しく表情を歪めると弥生の下から後ずさる。
押さえ込んでいた嫌悪感が弥生の言葉で溢れ出し、理屈で繕った戦意を呆気なく喪失させた。


「…潮時、なのかもしれません」


結城は無造作に前髪をわし掴む。
何故こんなにも心が苦しくなるのかが理解出来ぬまま、震える唇を動かし続ける。






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