「すいません、残念ながらありませんよ」

「バカヤロー…今は色んな方法が世に出回ってんだぞ…諦めんな」

「おっしゃる通り野郎ですから、俺」

「…マジかよオイ、んな面しといて俺と同じモンが股の間にぶら下がってるってか?」

「なんか…ホント、ついててすいません」

「いや…でも納得だわ。俺のセンサー反応しねーからよォ…腹痛ェから不調なのかと思ってたが…狂いはねーようで安心したぜ」

「何故か俺も救われた感じがします…着きましたよ」


言い切るか切らないか、すぐに個室の扉が閉まる音がした。間に合ったようで安堵したのも束の間、一抹の心配事が頭を過ぎる。


「(トイレットペーパー…あったかな)」


この厠はあまり、というよりほとんど使われていない。清掃が行き届いてない為、利用する人は少ないのだ。となれば、紙の補充もされてはいないだろう。余分にあっても困らないと思い、結城は屋敷へと向かった。


*****


空へと伸びる一筋の白い煙に気付いた直後、地響きにも似た音を耳にして三人は屋敷の中を走り回っていた。
音の出所を探る最中、弥生はハッとなって立ち止まると頭に両手をのせる。掌に伝わったのは髪の感触だけで、屋敷に通された際に皿を外してしまったことを思い出す。
新八と近藤に目を向けると二人は襖の角を曲がって行く。すぐに戻れば問題ないだろうと弥生は判断し、二人に声をかけずもと来た道を引き返した。
同じ造りの部屋が続く屋敷に方向を見失う。その度に足を止め、勘を頼りに幾度目かの欄間をくぐると目当ての物がテーブルの上に発見できた。弥生は室内を見回して辿り着けたことを知り、皿を手にする。何度か表裏を繰り返し見て、どこも傷がないと確認し三つの湯のみに視線を落とした。それは飲みそこなった茶である。誰もいなかったにも関わらず置かれた茶をじっと見つめ、その前に座ると一口啜る。残る二つに視線を移し、二人にも持っていってあげようと腰をあげた時、


「弥生さん!!」


名を呼ぶ声に湯のみから目を外す。
光沢を放つ縁側に手をつき、弥生を目にして綻ぶ顔は可憐な少女と見紛うが、必死で男だと訴えていた少年、結城千歳であった。


「会えて良かったァ…!まだ誰とも戦ってませんよね?」

『今からお皿わる…じゃ』

「えっ!?まっ、待って下さい!危ないですよ!?北大路さん達、ホント手加減を知らなくて!」

『…千歳もお皿わるの…?』


身を乗り出す結城の帯から、手にある物と同じ物が覗いている。弥生の視線に気付いた結城は千切れんばかりに首を振った。


「割りません!俺が参入したのはこの勝負から貴女を退かせるためなんですから!」


結城の言葉が理解出来ずに弥生は固まる。
退かせるとは、どういう意味なのか。


「乱暴ですよね…人を傷つけて、弥生さんまで巻き込んで、お二人の婚約を引き裂こうだなんて」


屋敷に上がった結城が、軽蔑を孕んだ言葉を紡ぎ続けて歩み寄ってくる。


「お妙さんの弟さん…新八さんと言いましたか。お姉さんが嫁いでいく寂しさは分かりますけど、だからって暴力的に取り戻そうとするのは間違ってます。こういう事は、親族が一番に祝って喜ぶべきなのに」


彼の言う通り、結婚とはそういうものなのだろう。心から惹かれた伴侶と共にする幸福な人生を、家族は涙して喜ぶのだろうと。
しかし、妙と新八はどうであったか。
二人の目に浮かんだ涙は、幸福に繋がるものだっただろうか。


「さ、弥生さん。俺と一緒に安全な場所へ――」


伸びてきた結城の手を、弥生は音を立てて払いのける。


「え…」


このままではいけないのだ。このまま妙を九兵衛に渡しては。
でなければ一生、妙は自身の感情を殺して生きていくことになる。
そんな人生を、新八は祝って喜ぶ筈がない。
悪役だろうが暴力だろうが、どうだっていい。
ただ、新八を妙と逢わせたい。
新八の皿は、割らせない。


『やだ』


胸中に溢れる様々な想いを、弥生はその一言に込めて結城へとぶつけた。








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