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咄嗟に目を暝るも、耳を打つ音が閉ざした場景の続きを嫌でも瞼の裏に映し出す。結城は怖ず怖ず目を開くと果然、倒れ伏す南戸と西野の姿があった。
敵を待ち伏せ、連撃で確実に相手を一蹴する作戦だった。西野が不意をつき、北大路と南戸で防御を崩し、結城が皿を割るという算段であったのだが、突如南戸の背後に現れた人影を目にして結城は完全に出遅れてしまったのだ。
南戸と西野に一撃を浴びせた人物達には見覚えがある。攘夷浪士を処断する際、その破壊活動にも似た過激な行動が問題視されている組織、真選組の沖田総悟と土方十四郎だ。幸い、彼らの反撃で二人の皿が割れることはなかったが――結城は一人茂みの中で狼狽える。
敵は三人、味方も三人。助太刀に入ろうにも力足らずな自分では反って彼らの足を引っ張ってしまう。それに、と結城は相手の顔触れを窺う。
及び腰ながらもこの作戦に乗ったのは弥生を見つけ出す為でもあった。彼女の姿は見当たらず、仲間が一つの場所に集結している今の状況は、弥生を探す絶好の環境となっている。だが、敵を前にする仲間を置いて他へ行くなど気が咎めた。
結城は中途半端に浮かせたままの腰を静かに下ろす。敵の皿は割れないが、虚をついて味方の皿を庇う盾代わりぐらいにはなれるだろう。自分の皿を守りながら出来るかと自問していると、北大路がこちらへ視線を注いでいることに結城は気付く。彼は首を微かに振って言葉無く結城へ告げた。

「行け」と。

作戦の標的となった少女が動き出す。その行く手を西野が投げた岩石が阻む光景を最後に結城は地表を蹴った。
心の中で北大路に深謝し、ひたすら弥生の姿を求めて駆ける。望むらくは最初に出くわす人が弥生であればいいのだが、それはなかなかに難しい。
応戦する三人の他、東城と九兵衛は稽古場に待機しており、敏木斎は何処にいるか知れないが大将という役を考慮すれば軽率に出歩く真似はしていないだろう。つまり、相手がいない四人のうち三人のいずれかと遭遇する可能性が最も高いのだ。
戦闘は絶対に避けたい。そう思った矢先、真っ白な頭をした男が目に入って結城の心臓が大きく跳ねた。慌てて近くの木にへばりつき、少しだけ顔を覗かせる。男は前を向いており、結城の存在に気付いてはいないようだった。
瞬時に脳内は現在地の把握と確実に相手を撒けるルートを推測する。結城は唯一、足の速さにだけ自信がある。今なら風にだってなれる気がした。


「………、?」


それにしても見事に真っ白な頭だなと関心で緊迫感をごまかしていると、何だか男の様子がおかしいことに結城は首を傾ける。大きな背を丸め、折り曲げた膝をつき、いよいよ地面に蹲る男から苦悶の呻き声が聞こえてドキッとする。尋常ではない苦しみ方に勝負も立場も忘れ、無我夢中で男のもとへ駆け寄った。


「しっかりして下さい!どうしたんですか!?」

「うごおおお…は、腹がぁぁぁ…!」

「ハラ?…腹が痛いんですね!?待ってて下さい、腸捻転だとヤバイんで今救急車を…」

「ちげ、呼ぶなァァ…っ、つか…マジでヤバイ、本気でヤバイ…主人公がウンコ漏らすとかマジ有り得ちゃならねーだろコレ…!」

「は?ウンコ?」


どうやらただの強烈な便意らしい。安堵とともに脱力したが、放っておける状態ではないことに変わりはない。確かこの近くに厠があった筈――結城は林の先に目を凝らし、記憶と違わずそこにある簡素な建物を確認して視線を男に戻した。


「立てますか?この林を抜けた先に厠がありますから」


男の背中に手を置いて促すと、伏せていた顔が少しだけ結城の方に持ち上がる。苦痛に歪んだ顔色は青白く、額には脂汗が滲んでいて辛そうだ。ここは一刻も早く、男を厠へ連れていかなければ。
ところが、男は再び顔を伏せたまま起き上がる気配がない。


「クク…どうやら俺ァ、ここまでの男らしい…」

「…は?あの、何言ってんですか?」

「すまねェ新八…お前の眼鏡をマッキーで黒く塗り潰してキャラ濃くしてやるっつー約束…果たせねーで…」

「それは約束って言うんですか?企んでいた嫌がらせって言うんじゃないんですか?」

「だがおめーなら…俺がいなくったって…やってけらァ…な…」

「………………………」


唐突に始まった男の世界に全くついていけない結城は、とりあえず男の腕を首に回して帯を掴む。


「さ、行きます…よっ!」

「あ゙っ!!ちょ、おま、もうちょい静かに立ち上がってくれてもいいんじゃねーの!?今マジで危なかったんですけど!?」

「あ、それはすいません」

「つか…アンタ何気力あんのな…」

「そりゃあ、俺にだって男の人一人運べるぐらいの力はありますよ」


担ぐ際は何も考えずに勢いをつけてしまったが、歩調は男の尻に響かないよう一歩ずつ慎重に進んで行く。その途中、肩にかけた男の手が不審な動きを仕出す。歩く動作に合わせて揺れているふうに見えるだろうが、違う。
自分も彼ぐらいの体格があればと、結城は切なさで胸が一杯になった。






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