「お願いします!この決闘に俺を参戦させて下さい!!」
誰よりも声を張り上げて結城が志願すると、周囲が水を打ったように静まり返る。流れる沈黙には此処にいる一同の驚愕がはっきりと読み取れた。 彼らが意外に思うのも無理はない。競争に消極的であからさまな苦手意識を示していた少年が、未曾有な事を口にしたのだ。しかし、過去柳生でとり行ってきた合戦演習で結城は毎年いの一番に皿を割られている。九兵衛にとって負けられないであろうこの勝負に結城は非常に力不足であった。 平伏したまま返答を待つ結城と、無表情に彼を見下ろす九兵衛の二人を見守る者達は皆、同じ結末を見据えていたが――
「いいだろう」
「えっ!?」
はじかれたように顔を上げた結城は、その大きな瞳を更に見開いて九兵衛を凝視する。断られると踏んでいたのは結城も同じで、誰も彼もが承諾を意想外に思った。
「(でも、)」
九兵衛の返事は、鉛のように重たかった心持ちを少し軽くした。 結城が憂慮に堪えないのは弥生の身である。彼女が九兵衛や柳生四天王に太刀打ち出来るとは到底思えず、負傷するのが目に見えて明らかでそれがたまらなく結城は嫌だった。 だから結城は頭を下げて九兵衛に懇願した。自身がこの戦いに入れば彼女の身の上は変わってくる。もっとも、九兵衛や四天王よりも先に弥生と接触しなければ結城の存在は成り立たないのだが。 きっと弥生は不本意で参加しているに違いない。でなければこんな乱暴な真似を彼女がする筈はないのだ。なんとか弥生だけでも無傷で――
「弥生ちゃんがいたようだが」
心臓がわし掴まれたかのような感覚に陥ったのは、今まさに思考していた人物の名を九兵衛が口にしたからだ。
「恩人だろうと何だろうとこの勝負に参入している以上、討つべき敵だ。彼女に情けをかけるつもりで申し出たのなら直ぐに考えを改めろ」
結城は九兵衛から視線を逸らす。彼の言葉は結城の考えを真っ向から打ち消すものであった。 完全勝利を狙う九兵衛からしたら、結城の意向は感心しないだろう。それを重々承知の上でこっそり行動に移す筈が、先手とばかりに釘を刺されてしまっては返す言葉が見付からない。 痛いところを突かれて狼狽する少年に九兵衛は苛立った様子でこう告げた。
「もしこの戦いで誰一人討てずにお前の皿が割れるものなら――破門だ」
一瞬、何を言われたのか解らなかった。あるいは、脳がその意味を拒絶したかったのかもしれない。 茫然と座り込んでいると不意に腕を取られて飛んでいた意識が戻ってくる。九兵衛は稽古場の奥へと消えていき、抗弁の余地すら与えてはくれなかった。
「そう気を落とさずに。あなたも長いこと柳生の下にいるのですよ。もっと自分の剣に自信と誇りを持ちなさい」
立ち上がった結城の腕を放して東城が穏やかに言うと、続けて北大路も彼の肩に手を置いて声をかける。
「お前は俺の次に努力を重ねてきたんだ。これはその成果を発揮する機会だと思え」
「案ずることはない。所詮赤子が何人集まろうと手を捻る容易さに変わりはなかろう。変に気を張ることはないぞ結城」
「てゆうか弥生ちゃんってアレ?あのぼーっとしてた可愛い娘のこと?千歳ちゃんもなかなか隅に置けねーなァ」
緊張で強張る結城の表情が和らぎ、東城達へ笑みを返す。彼らの気遣いに感謝し、足手まといにならないよう頑張ろうと心に決めて結城は気持ちを入れ換えた。
「私達の大将が敏木斎様である限り、間違ってもあちら側に勝利はありません。若や私が出るまでもないでしょう。 あなた方四人で相手してさしあげなさい」
そう残して稽古場へ去っていく東城を見送り、結城は曇り空を仰ぐ。 戦えと九兵衛は言うが、抵抗感は依然として居座ったままでいる。眉を寄せて視界を閉ざし、結城は心の中で九兵衛に謝罪した。やはり、道場破りだろうと傷付けたくはない。 ゆっくり瞼を持ち上げ、手渡された木刀を腰に差し、己の運命を左右する皿を帯の中へ隠す。念の為だが、弥生に会えれば割れる心配はないだろう。 話をするのに、剣は必要ないのだから。
「…破門は、少し言い過ぎな気もしますが」
「ああでも言わないとアイツはいつまで経っても勝とうとしないだろう。男のくせに女々しい考えばかり… ――アイツを見ていると、イライラするんだ」
*****
「腹立つんですけどォ!」
消化しきれない怒りを木にぶつけて憤る近藤を、欄干に寄り掛かり、沖田に腹いせで痛め付けられた首を摩りながら弥生は眺めていた。
「すかしやがってホントムカつく奴らだよ!!あんな奴に絶対お妙さんはやれんん!!」
「いや、アンタのものでもないですけど」
「もうムカつくからさァ、こっちも大将ムキ出していこうぜ!」
暴走気味の近藤は小皿を取り出すと、男にとっては致命的な急所である股間に張り付ける。それも新八の股間に。
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