物心ついてから今日まで、結城は一見して男と認識された事が一度もない。大きな瞳に小さめの鼻と唇は彼の顔立ちを可愛いらしく際立たせ、体格はもやしと揶揄されてしまう程に華奢、声変わりも中性的なままで終了。何とか相応に見てもらえるよう日々鍛えているが思うように筋肉がつかず、ならばスポーツ刈りにしようとバリカンを持てば周りがやめてくれと全力で懇願してくる始末。その時の彼等の形相は今も尚結城の心にひどく複雑なものとして鮮明に刻まれている。
「実は俺、すげー感動したんです。刀を抜かせずに退かせた貴女に」
門下である柳生家への道を歩きながら、結城は隣を歩く弥生へ嬉しそうに語る。
「刀に手をかけられたら、こっちも抜かざるを得ないじゃないですか。俺、力ずくっていうのはどうも苦手で…何だか理不尽に相手を押さえ付けるみたいで。あの男の人がしようとした事は許せませんけど、でもどんな人だろうと力で黙らせる方法はあまり感心できなくて…だから全く刀を使おうとしなかった弥生さんをすごく尊敬したんです」
言って、我に返る。以前、同じような事を父親に告げた際、かなり激怒されたのを思い出して青ざめた結城は慌てて弁明する。
「いや!あの!違うんです!別に士道を否定してる訳じゃないです!ただ、人は剣を交えずとも話し合いで分かり合えると――」
不意に結城は言葉を切った。突然弥生は結城の手首を取るとその手の平をじっと見つめてきたからだ。
「?…弥生さん?」
『…まめ』
「あ、ああ…毎日素振りしてますから。それだけが俺の取り柄ですしね…」
どこか自嘲気味に笑って弥生の手から自身のをそっと離す。肉刺だらけの手の平に一度目を落として握ると僅かに歪めた表情を消し、人懐っこい笑顔を弥生へ向けた。 道中、結城が話す内容は柳生家だった。柳生家とはかつて、将軍家の指南役を任命された経緯を持つ剣術の名門である。廃刀令の時代にも関わらず、零落を知らない華麗なる技は多くの者にその門を叩かせる。
「その柳生家の次期当主である柳生九兵衛様がすごいんです!俺と同じ小柄な方なんですが、真っ直ぐに強さを求めて努力なさるお方で、三年前から武者修業の旅に出られているんですけど、きっと更に強くなられてるんだろうな。それに比べて俺は…」
きゅ、と口を噤んだ結城は足を止めると、木々に挟まれた大きな階段に正面を向け、その上にそびえ立つ建物を指差し、弥生に言う。
「あのお屋敷が柳生家です」
『…でか』
昂然たる佇まいは格式の高さを伝えてくる。広い敷地はきちんと手入れが行き届いており、竹刀がぶつかる音に混じってどこからか鹿威しの音が響いていた。 辺りを眺めながらゆったり歩く弥生を客間がある屋敷へ先導していると、突如のしかかってきた重みに身体がよろめき、しかし首に回る太い腕のお陰で転倒することはなかった。
「千歳ちゃんお前何サボってんだよ!一番稽古に励まなきゃならんくせして!」
「なっ…サボってませんよ!女中さんにお使いを頼まれてたんです!」
証拠であるビニール袋を掲げれば男達から呆れ顔が返ってくる。
「またかよ!お前何回女中に間違えられれば気が済むの?」
「ムリねーよ。こんな可愛い面してりゃー誰も男だって思わねェよな」
「千歳ちゃんが男って知った時の衝撃は俺今でも忘れられねェ」
「あーあ。千歳ちゃんが女だったら俺ら今頃恋人同士だったのにな」
「…俺にも選ぶ権利はあります」
「ギャハハハ!フラれてんじゃん!」
「すいません、今お客さんを案内してる途中で」
結城を囲う男達は彼の視線の先へ首を向ける。声をあげることなく大人しく待っている弥生の存在に男達は固まり、輪の中心に立つ結城へ再び詰め寄る。
「えっ、何!?あの可愛い娘まさか…!?」
「バカヤロー!千歳ちゃんに女なんておま、百合にしか見えねーぞ!」
「ゆっ…!?そんなんじゃないですよ!もーいい加減通し――」
「オイ、そんな所で何を騒いでる」
凜とした声が耳朶を打つ。先程くぐって来た門から新たにやって来た人物に結城は大きな瞳を一層見開いた。
「わ、若様!?」
驚愕が唇から紡がれた。 長く艶やかな黒髪は高い位置で結われ、中性的な顔立ちには左目に眼帯が掛けられている。短躯な容姿は彼が纏う清廉な風格によってけして侮蔑に繋がることはない。 柳生九兵衛。柳生家の次期当主である。 九兵衛は驚く結城達から微動だにしない弥生へ視線を移す。様子に気付いた結城は弥生の事を説明しようと彼女の傍へ駆け寄った。
「俺がお連れしたんです。弥生さんに助けて頂いて」
「何…?」
九兵衛の表情が険しくなる。責めるように射る右目に萎縮した結城が逃れるように視線を惑わせた時だった。
「弥生ちゃん!?」
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