「ペスぅぅぅ!?ウソぉぉぉぉ!!」

「だから言ったじゃん!!だから言ったじゃん!!」



ふと、新八は崩壊した家々を映す画面を思い出し、目の前にいる宇宙生物が騒動の原因であることに気付く。捕まえ方も飼い方も分からない相手に戸惑う新八とは対照的に、のほほんと“ペス”との出会いを聞かせる皇子であったが、その途中にペットの長い足で弾き飛ばされる。話しの中に懐いたから連れ帰ったとあったが、あれは人に懐くような、まして愛玩にするような生き物ではないだろう。


「!!ヤバイ、また市街地に出る!」


主人を置き去りに徘徊する宇宙生物は、街の方へと向かっている。焦る新八の目に、木刀を携えて立ち塞がる銀時の姿が映し出された。


「新八、しょう油買ってこい。今日の晩ごはんはタコの刺身だ。いや、タコ焼きのがいいか。じゃあ小麦粉と青海苔と鰹節、頼んだぜ弥生」

『ええー…』


沈黙を保っていた少女の口より、不満の声があがった。皇子と出会って以降初めての反応である。
そういえばと、新八は弥生を見つめる。普通こういったグロテスクな生物に強く嫌悪を示すのは女だ。ところが弥生は、宇宙生物の姿形に悲鳴をあげたり、人命を脅かす大きさに怖がる様子もなかった。揉める銀時と長谷川を眺める弥生は依然としてぼーっとしている。
見た目によらない肝っ玉に感心していると、視界の隅で何かが蠢いた。それは弥生に巻き付こうと曲がりくねる。


「危ない弥生ちゃん!!」


無我夢中で両手を前に突き出し、弥生を退かす。刹那、胴体と首に何かが巻き付き、横たえる弥生と地面がどんどん遠ざかっていく。


「うわァァァァ!!」

「!!新八ィィ!!」


背後を見て新八は血の気が引いていくのを感じた。身体に巻き付くこの足は、確実に口の中へ運ぼうとしている。
餌になってたまるかと懸命にもがく新八だが、纏わりつく太い足はびくともしない。必死で助けを求めていると、相変わらずぼんやり立ってこちらを見上げる弥生と目が合う。彼女は二、三回瞬きを繰り返した後、不思議そうに小首を傾げた。


『じゃれてるの…』

「オメーの目はどこについてんだァァァ!!」

『ちがうの…?』

「当たり前だァ!つか、あの、助けといてアレだけど助けて弥生ちゃーん!!」

『うん』

「え」


思いがけず頷いてくれた弥生なのだが、丸腰である。というより、弥生に助けを請うのが間違いだった。せっかく助けたというのに、このままでは弥生も二の舞をくらってしまう。新八は慌てて前の発言を打ち消そうとしたが、再び目にした少女に唇は違う言葉を紡いでいた。


「あれ…家に置いてこなかったっけ?それ」


それ、とは弥生が両手に握る鞘に納めたままの刀のことだ。依頼人が幕府関係者だと聞き、帯刀しようとした弥生に置いていくよう言った筈なのだが。
思考を埋める謎は解けることなく、新八の視線は動き出した弥生を捉えた。宇宙生物へ向かうその足の速さといったら、持久走を不真面目に取り組む姿勢よりなおさら悪いもので。


「ちょっとォォ!本当に助ける気あんのォ!?」


いまいち救出しようという本気さが伝わってこない少女へ、大きくしなった宇宙生物の足が鞭のように襲いかかる。


「弥生ちゃん!!」


逃げてと懇願する。だが弥生の足は止まることなく、迫りくるそれへ刀を振るった。
新八は心臓が止まる思いで、宇宙生物の体の一部が千切れていく様を愕然と眺めた。


「オイぃぃぃ!!何してくれちゃってんのォあの娘ォォ!!俺達の会話聞いてなかった!?無傷でって俺言ったの聞いてなかったァァ!?」

「アイツ基本人の話なんざ聞いちゃいねーよ」


頭を抱える長谷川が見えるが、先程の出来事が衝撃的すぎて頓着する余裕はなかった。
つんざく奇声を背中に受けながら、無茶苦茶だと新八は感想を呟く。銀時もでたらめな強さであったが、弥生は強いというより異質と言うべきだろう。でなければ今頃、弥生の刀と腕の骨は粉々に壊れている筈なのだ。
呆気にとられる新八は、不意に影った頭上を仰ぎ見て、自分が喰らいつかれる数秒前であったことに気付く。上下から迫る顎を両手足で抵抗するが、景色は徐々に狭まっていくばかり。


「ちょ…食われるゥ!食われるゥゥゥ!!」

『新八…』


足元から声がする。一瞬の気の緩みも許されない新八は瞬間だけ目をやって力をふりしぼることに専念する。
ちらっと見えた弥生は口の中へよじ登ると歯に当たらないようしゃがみ込み、新八の袴をくいくい引っ張ってこう告げた。








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