「入国管理局の長谷川泰三っていったら、天人の出入国の一切をとり締まってる幕府の重鎮スよ」


黒塗りの車の中で、新八は前方に座る黒眼鏡を掛けた壮年の男、依頼人である長谷川泰三に目を向けたまま隣に座る銀時へささやく。


「そんなのが一体何の用でしょう?」

「何の用ですかおじさん」


新八の疑問をそのまま長谷川に伝える銀時。案内されるがまま高級感溢れる車に乗るも、どこへ向かっているのか、幕吏が何故民間を、万事屋を頼ってきたのか三人は一切知れていないのだ。


「万事屋っつったっけ?金さえ積めば何でもやってくれる奴がいるってきいてさ、ちょっと仕事頼みたくてね」

「仕事だァ?てめーら仕事なんてしてたのか。街見てみろ、天人どもが好き勝手やってるぜ」


銀時の皮肉に長谷川は苦く笑った。幕府の人間には耳が痛い言葉なのだろう。
天人の襲来は二十年前になる。彼らの干渉により江戸の文明は著しく発達したが、反面、隆盛を極めてきた侍は衰勢に向かっている。そうしたのは他ならない、廃刀令を布いて国を護ってきた剣を捨てた幕府なのだ。
そして二十年経った今、江戸はもちろん幕府にまで天人は浸透している。


「地球から奴らを追い出そうなんて夢はもう見んことだ。俺達にできることは奴らとうまいこと共生していくことだけだよ」

「共生ねェ…。んで、俺にどうしろっての」

「俺達もあまり派手に動けん仕事でなァ、公にすると幕府の信用が落ちかねん。
実はな、今幕府は外交上の問題で国を左右する程の危機をむかえてるんだ」


車内で銀時と長谷川の会話を聞いていた新八は、突然左肩に重さを感じて硬直する。見るとやはり、弥生がもたれて眠っている。一体何時間寝れば満足するんだと、普段ならそう思う新八なのだが、この時ばかりは思考がままならなかった。
顔に熱が集中する。過去これ程までに異性と密着したことがない新八にとって、肩から伝わってくる体温は心臓に悪い。しかし、悪い気はしない状態である。夢見心地で過ごすこと数分、車は目的地であるHOTEL桜の四脚門の前に停車した。
新八は弥生に目を落とし、気持ち良く眠る姿に一瞬気が引けるも少女の肩を揺らす。


「弥生ちゃん、…弥生ちゃん!」


呼びかけに弥生の瞼が半分まで持ち上がる。重たそうに頭を起こして目をこする彼女から、眠気が消えた様子がまったくない。
微睡んだままでいる弥生はガラス越しに景色を見回し、ふと新八に視線をとめた。


『…かお赤い…発情期…?』

「ええ!?ちちち違うよっ!べっ、別に弥生ちゃんが肩に寄り掛かってきて嬉しかったとか、なんかコレ恋人同士みたいじゃね?とか、そんなこと全っっ然思ってなかったからァ!」

「はいはーい弥生、今すぐ新八から離れろー。男は皆オオカミだからなーこんなメガネでもアブネーぞ」

「ちょ…いででで!いてーっつーの!何なんですかアンタ!こんな狭い車内で移動しないで下さいよ!しかもワザと足踏んでるでしょ!?」

「あのさァ、もう着いたから降りない?」


車の中で待ってると渋る弥生をなんとか降ろして長谷川の背中について行く。門をくぐると小綺麗な庭が視界に広がり、石が縁取る道の先にはこぢんまりした、けれど上品な宿屋が建っている。その手前に日避けの傘が立てられ、赤い布が敷かれた長椅子に額から触角のようなものを生やした小太りの天人が座っていた。彼が、万事屋を頼る糸口となった央国星の皇子である。
果たして、国を左右する問題とは如何様なものなのか。


「余のペットがの〜いなくなってしまったのじゃ。探し出して捕えてくれんかのォ」


踵を返す三人に長谷川は全力で呼び止める。


「君ら万事屋だろ?何でもやる万事屋だろ?いやわかるよ!わかるけどやって!頼むからやって!」

「うるせーな、グラサン叩き割るぞうすらハゲ」

「ああハゲでいい!!ハゲでいいからやってくれ!!」


銀時の肩に腕を回し、幕府の金融事情を話して理解を求める長谷川だが、馬鹿馬鹿しい仕事の内容に銀時は冷たく突き放す。


「大体そんな問題、アナタ達だけで解決できるでしょ」

「いや、それがダメなんだ!だってペットっつっても…」


突然、辺りに低く重々しい音が響いてくる。


「おぉーペスじゃ!!ペスが余の元に帰って来てくれたぞよ!!誰か捕まえてたもれ!!」


家族同然のペットが戻ってきた嬉しさに声を弾ませる皇子であるが、再会を喜べる光景ではなかった。
大きくうねって宿屋を圧し潰す複数の太く長い足、大きく開いた口からは不揃いな鋭い歯を覗かせ、凹凸が激しい頭にぎょろりと剥く二つの目玉と、なんとも醜悪な生物である。そして何より、その体長の巨大さに新八は目を見開いて青ざめた。








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