「弥生ちゃあ〜ん、銀さんが電話で言ったコト覚えてるゥ〜?」
かぶき町にある“万事屋銀ちゃん”と看板が掲げられた家屋の二階にて。住居であり職場でもある居間のソファーに座る少女へ、この家の主兼万事屋を設立した男――坂田銀時が仁王立ちで問うた。
『…なんだっけ』
昼食の筈が夕食になってしまったメロンパンを口におし込みながら少女は答えると、間髪入れずに両頬を掴まれる。容赦なく左右から圧迫され、咥内のものを咀嚼出来ずに困る少女は帰ってきてからどうしてだか不機嫌でいる銀時へ何とか口を開く。
『たべづらい…』
「おめっ、今日一日で俺がすんごい苦労したの知らねーだろ。 ターザンの女版にボコボコにされるわ、一人で多人数と闘り合う羽目になるわ、船と一緒に落ちるわ役人は融通が利かないわ大変だったんだぞ。ちょっとぶっ飛ばすの手伝ってって頼んだよなァ俺。来ねェと思ったらメロンパン食いやがってコノヤロー。普通ヒーローのピンチにヒロインは駆け付けるもんだろうが。一話目から仕事サボってんじゃねーぞオイコラ」
『めんどくさいんだもん』
「めんどくせーじゃねーよ。おめーんなことばっか言ってねーでちったァ働けよ。つーか俺の言うことを聞け」
『ねむたい…ふとん』
「聞いてた?話聞いてた?ねェ」
「あのォ〜」
控えめな声が二人に掛けられる。見ると眼鏡越しから困惑の眼差しを向けてくる少年が所在なさげに佇んでいた。 思い出したかのような声をあげた銀時は彼女の顔から手を放して上体を起こし、食事を再開する少女へ彼を紹介する。
「オイ弥生、今日から入った新しい従業員の志村新一君だ」
「新八です、志村新八。よろしくお願いします」
『おやすみなさい』
「挨拶ちがうよね?寝るにはまだ早過ぎるよ」
「あいつの人生の大半は惰眠だから」
「花恥ずかしい年頃の娘がそんなんでいいんですか」
パンを食べ終えた少女は二人の視線に構わず寝室へ足を運び、敷きっぱなしの布団の上に寝転ぶ。 この瞬間が少女の、吉田弥生の至福の時である。 そのまま夢の中へ旅立った彼女は明日、銀時が起こしに来るまでその瞼が持ち上がることはなかった。
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