BABY ALONE IN BABYLON 4


 松村幸成という人物をひと言で表現するならば「気遣いの人」と言えるだろう。


 初めは見ず知らずの自分を自宅にあげてしまう無頓着な人かと思っていた誠人だが、幸成の店に連れていかれ、そこでの彼の振舞いに自分の考えが間違っていたことに気づいた。
 さすがは接客業と言うべきか、全てのお客にまんべんなく声をかけ、あっという間に場を明るく盛り上げてしまうのだ。


「凄いよね、オーナーは」


 店に入ってからすぐに紹介されたカウンターチーフの和泉が、グラスを器用にクロスで磨きながら誠人に笑いかけた。人の良さそうな丸顔が誠人の緊張感をほぐしてくれる。
 まずは店の雰囲気を味わうといいと言われ、誠人は大人しくカウンター隅に座っている。
 目の前にはノンアルコールのカクテルを出され、なんとなく子供扱いされているのかと勘繰りを入れたくなったのだか、それが体調が完全ではない自分を気遣った幸成の配慮だとわかったのは後々のことだった。


「それにしてもさ、誠人君が来てくれて僕としては助かったよ」
「え、何でですか?」
「あれ、オーナーから聞いてないの? 僕ね、あと少ししたら、店辞めるんだよ。だから誠人君、来たんでしょ?」
「え、いや、あの、そんな話は聞いてなくて、…ただ、成り行きで働くことになって…」


 モゴモゴと歯切れ悪く話す誠人に何か勘づいたのか、和泉はそれ以上そこに突っ込むことなく、いつから店に出れるのかと具体的な話に切り換えていった。
 まずは住んでいるアパートを引き払い、荷物をマンションに運ばなければならないことを話すと、和泉は自分の車を出してやろうと提案してくれた。


「そんな、悪いですよ」
「いいんだって。僕もね、オーナーには助けて貰ったクチなんだよね。だからこれは恩返し。困ってる奴を助けるのがオーナーの性分だからね」


 そういって軽くウインクしてみせた和泉に、誠人は体を小さく縮めて頭を下げた。
 何故、ここまで優しくして貰えるのだろう?
 初対面の自分のことなど何ひとつ知らない人達が、何故ここまで…誠人はふわふわと心が浮くような不思議な感覚に恐れ戦いていた。


 そして、そういえば大好きな先輩も自分にとても優しかったことを思い出していた。眉毛を八の字に下げて、しかたないなと笑う姿が脳裏に浮かんできた。
 誰もが、誰かに、ごく当たり前に、優しく親切に接することが出来るのだろうか?


 では、自分は?


 そこで、誠人は気づいたのだった。
 自分はいつも甘えるばかりで、誰かに優しい気持ちなど持ったことさえなかったことに。
 誠人は体だけでなく、心までもが更に小さく縮む思いがした。



[*前] | [次#]
[目次]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -