BABY ALONE IN BABYLON 2


◇◆◆

「ごめんな、誠人。田舎へ帰らなきゃならなくなった。親父が倒れたんだ」
「…え」
「ごめんな、わかってたんだ。俺しか後継ぎはいないしさ、いつかは戻らなきゃならないんだって。でも、そのまんま後継ぐのがさ、何か怖くてな。延ばし延ばしにしてた」
「…」
「誠人、ほんとはお前を受け入れちゃいけなかったんだよ。俺んちに来た時に無理矢理でも家に帰すべきだった。ごめんな、ホント、ごめん」
「せ、先輩のせいじゃないって!俺、先輩には感謝してるし、俺、ホントに先輩のこと……好き、だし、」
「ありがとな。でも、もう一緒にいられないんだ。ごめんな、アパートはこのままでもいいけど、お前はどうする?家に戻るか?」

 夕焼けのオレンジ色が、台所に射し込んで綺麗だった。
 先輩は部屋の真ん中で正座をしていた。
 それだけ真剣で、話していることが嘘ではなくて、全部本当で、別れて欲しいと言っている。

 先輩との付き合いがバレて、親と大喧嘩をしたまま家を飛び出した自分を、困った顔をしながら家に上げてくれた先輩。
 そのまま居着いた自分を、何も言わずに放っておいてくれた先輩。
 親がいない時間を見計らっては取りに行った荷物が、狭い部屋を少しずつ占領していっても笑って許してくれた先輩。

 そんな先輩が俺に頭を下げてる。ごめんって、何だよソレ。俺のほうが悪いのに。そんなに床に付くくらい頭下げられたら、うんって言うしかないじゃんか。
 泣かないでよ、好きだから。謝るのは俺のほうだから。
 ごめん、ごめんね。先輩の困った顔が好きだったんだ。いつでも俺を受け入れてくれる先輩の優しさが嬉しかった。でもそれは甘えだったよね。わかってたんだ、俺も。でも甘えたかったんだ。
 先輩の大きな手のひらが、頭をガシガシこするのが好きだったよ。温かくて、優しくて、好きだったよ……


 そっと額に触れる指先を感じて、誠人は目を開いた。
 白い天井が目に入って、自分がベッドに横になっているのに気づいた。

「あ、」

 傍らに見知らぬ男性がいて、急に不安感が胸をせり上がってくる。

「気づいたか。大丈夫か?…て、大丈夫じゃないから寝てるんだよな」

 男性はクスクスと笑いを溢しながら、誠人の額に冷たく濡らしたタオルをおいた。
 一体、ここはどこだろう。キョロキョロと不安げに揺れるまなざしに気づいたのか、その男はここは自宅マンションで、公園のベンチで蹲っていた誠人に声をかけたら、いきなり目の前でぶっ倒れたと説明してきた。
 救急車を呼ぶべきかと思ったが、何となく訳ありの匂いがしたから近くの自宅へ運んだのだと。

「あんなところに若い男がいたら危ないだろ。あそこがどういう場所かわかってたのか?」
「…」

 小さく頷いた誠人に、男はわざとらしくため息をついてみせた。

「あのな、ヤルだけならまだしも、薬使われたり、監禁されたり、下手したら殺されることだってあるんだぞ。日本だからって甘く見るな、これだから若い奴は!」

 ブツブツとお小言を吐きながらも、男は枕元に薬と水を用意していた。

「何で、こんなこと…」

 掠れ声を振り絞り誠人が尋ねると、男は困った顔をしながら「性分なんだ」と笑ってみせた。
 その笑った顔が何となく先輩に似ているなと思ったところで、また誠人の意識は途切れた。
 男は再び眠りに落ちた誠人の顔を覗き込むと「困ったもんだ、こいつも」と小さく呟いた。
 そしてそれから「自分もか…」と思い直したようにため息をついた。


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