全日本眼鏡化計画


 今日も元気だ。眼鏡が似合う。
 恐ろしく眼鏡の似合わない吉田店長をからかった報いなのか、いきなり夜勤を仰せつかってしまいました。
 こんばんは。藤田悠貴です。

 そして何故か、立花君が店内で買い物をしているという萌えシチュエーション真っ只中。
 お客も少ない時間帯。早速、じっくり観察させてもらおうか。

 こうして改めて見ると、立花君はすらりと背が高くスタイルがいい。
 すっきりと伸びた背筋に、しっかりと広がる肩。そこからすんなりと伸びる腕。はっきりと目立つ手首の骨。大きい手のひら、長い指。
 商品に伸びる指先が男らしく真っ直ぐで、骨っぽい感じ。なかなかにセクシーだ。

 広がる肩から背中。柔らかなS字を描く腰までのライン。腰は細すぎず太すぎず。ジーンズに隠された充実感。太ももから足首までは日本人らしからぬ長さだ。
 昔、モデルでもやっていたのでは?と思わせる風貌に、女性客が熱い眼差しを向けているのは周知の事実だ。
 本人は全く気づいてはいないが。

 商品をまじまじと見つめる横顔。平たいラインの額から、するりと伸びる鼻梁。そこに乗る黒フレームの眼鏡。
 うっすらと色づく唇。つましい顎の尖りと、そこから滑らかに弧を描く耳元へのライン。そのままザクッと首へと続く骨の張りだし。男らしい喉仏。

 女性が夢中になるのもわかる。
 立花君、君は本当に眼鏡の似合う男だ。
 眼鏡を外して、疲れたと言わんばかりに眉間を指先で押さえる仕草さえ羨ましい。

「あの、藤田サン?」

 さっきまで見つめていた顔が目の前にあった。
 レジ台に置かれたカゴには、雑誌とビール、スナック菓子にヘアワックス。

「ああ、これから宅呑みか」
「ホントなら藤田サンと呑みたいんですけどね」
「終わるまで待てないだろう?」

 照れくさそうにクシャと笑ってみせた立花君を、可愛いと思うのはおかしいだろうか。

「そろそろ俺は休憩だから。裏の事務所にでもいればどうだ?」
「え、いいんですか?」
「大丈夫だろう、立花君なら」

 満面に笑みを浮かべて、立花君は会計を済ませると店の奥にある従業員出入口に向かった。
 〜と、思ったら戻ってきてひと言。

「あの、さっき、俺のこと見てましたよね」
「ああ」
「何でですか?」

 真剣な眼差しが、ご主人様の言葉を待つ犬のようだ。

「眼鏡が似合うから」
「それなら、藤田サンだって似合ってます」
「ん〜とね、羨ましいなと思ったんだよ」
「羨ましいって、何がです?」

 こいつには話してもいいかな。俺は何気ないふりを装って口を開く。

「俺、本当は目が悪くないんだ」
「…へ?」
「だから俺の眼鏡は伊達なんだよ、立花君」
「え、え、えぇぇぇー!?」

 真夜中のコンビニに情けない絶叫が響いた。

「何でまた、そんな」
「眼鏡が好きだからだよ、立花君。でももう、かけなくてもいいかもしれない」
「え、眼鏡をやめるんですか?」

 立花君は混乱しているのか、よくわからないと言いたげに眉根を寄せて首を傾げている。
 そうそう、そんな仕草がいいんだ。

「早く裏へ行きたまえ」
「藤田サンも来ますよね?」
「ああ、行くよ」

 嬉しそうな背中を見送りながら、独りごちる。
 自分以上に眼鏡の似合う男が今までいなかったから。だから自分でかけていただけのこと。

 わからなくていいんだよ、立花君。君はそれに気づかなくても。君以上に眼鏡の似合う男がいるかもしれないだろう?
 だから、今はこのままでいい。

 皆さん。
 目が悪くても、悪くなくても、眼鏡が似合うなら誰でも迷わずかけて欲しいと俺は思う。
 全日本…いや、世界中で。眼鏡は癒しを与えてくれるアイテムとなるだろうから。

 さて、これから俺はお洒落眼鏡男子と休憩だ。足が妙に軽やかなのは気のせいではないだろう。
 立花君、君は俺の癒しアイテムだよ。


「やっぱりここでビールはダメですよね?」
「家でおとなしく待っていられるのかい?立花君」
「え、それって…」


【Fin】


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