レーシック? 何それ美味しいの?


 あんなに眼鏡の似合わない男はこの世にいないのではないかというくらい酷い有り様だった店長。

 眼鏡の似合わない男、キング・オブ・キングスという不名誉な称号を勝手に藤田に付けられていた店長。

 今朝はどうしたことか、眼鏡をかけていなかった。

「あれ、眼鏡はどうしたんですか?」
「やっと眼鏡が似合わないことに気づいたのか」

 身勝手な言い草に晴れやかに笑ってみせた店長・吉田(45歳、妻と娘あり、最近年頃の娘にパパ臭いと言われ、加齢臭対策に追われている)は、強気に言葉を返した。

「レーシックだよ、レーシック!時代はレーシックだね」

 覚えたばかりの横文字をやたらと使いたがるのは小学生ばりにウザイのだが、顔に似合わないものを乗せていた時よりは幾分はマシになった。

「時代に逆行して、眼鏡をかけ始めた立花君にはわからないだろう」
「別に時代を意識はしてません」

 するりと嫌みをかわして、立花は棚に品出しを始める。
 すると吉田は、今度は藤田を捕まえてレーシック講義を始める始末。

「昔と違って切開するわけではないからな〜、楽チンだぞ」

 フフフンと顎を上げて、得意気に続ける吉田に藤田は爆弾を投下した。

「どこの病院で?」
「S眼科、レーシックが有名だろ」
「ああ、あそこですか。先日、手術器具に黴が生えてて、手術を受けた患者に訴えられたところじゃないですか。危ないですよね〜黴ですよ、黴」

 吉田の動きが止まった。
 目を開いたまま、固まっていたかと思うと「ウソォォォ〜」と絶叫して、裏の事務所に引っ込んでしまった。

「藤田サン、訴えられたのってS眼科じゃなくて、I眼科でしょう?」
「フン、ニュースを読まない奴が悪いんだよ」

 サクサクと品出しを終わらせた立花が、悪い人ですねとでも言いたげに藤田を見下ろす。

「何だ?立花君はレーシックに興味があるのかい?」
「ないと言ったら嘘になりますね。でも、今はもういいかなって思ってますけど」

 そして、立花はひと呼吸おくと、恐る恐る藤田に尋ねた。

「藤田サン…レーシックに興味は?」
「俺には必要ないものだからな」
「は、そうですか。そこまでくると凄いですね。尊敬しちゃいます」
「お洒落眼鏡男子だからな」

 自分で言うのかい!〜と、思いっきり突っ込みを入れたかった立花だったが、多分、藤田は本気で言っているのだろうと判断して何も言わないでいた。
 そして、いつまでたっても出てこない店長を引っ張りだす為に、事務所に足を向けた。

 しかしこの時点で、立花は藤田の『ある事実』に気づいていなかったのだ。
 藤田の言葉に嘘も間違いもないのだが。一番肝心なことは誰にも話していない。

 それが藤田だった。


「俺の出番が少ないです」
「主人公は俺だよ、立花君」


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