人を憎んで眼鏡憎まず


 人の顔を変えるのは難しい。だから眼鏡を取り入れてみる。

 けれど、どう頑張ってみても眼鏡の似合わない顔という奴が存在していて、そういう奴に限って場違いなデザインの眼鏡をかけていたりして、またそれが恐ろしく自分に似合っていると勘違いも甚だしい状態で、眼鏡好きな俺の気持ちを違う意味で掻き乱してくれるから困ったものだ。
 この店では、店長と呼ばれているバカ者がそうだ。毎日、毎日、似合いもしない眼鏡姿を晒しおってからに。末代までの恥だ。


 それとは反対に、まるで眼鏡を掛けるために生まれてきたような顔つき、骨格の人間が存在するのも事実である。

 俺は隣に立つ男を見上げる。

 ある程度、面長であること。広い額と、そこにうるさくない程度に主張する眉。
 眉と瞳の間は広くなく狭くなく、眉頭からスルリと延びる程よい高さの鼻梁。
 瞳は澄んでいて、日本人らしい深い黒。
 頬骨はフラットで、頬の膨らみから顎のラインは滑らかなカーブを描き、顎はつるりとしていて決して割れていないこと。
 唇は薄目で、眼鏡に負けないくらいのセクシーさで。
 笑った時に、眼鏡から極端に眉が飛び出ず、横から見た時には、眼鏡の輪郭と横顔のラインがバランス良く配置されていること。

 髪型は短めがベスト。
 眼鏡のラインが見えるくらいで。耳も見えて、眼鏡のツルの掛かり具合が把握できるほうがいい。
 耳は大きすぎず小さすぎず。耳元から顎への『カクッ』と曲がった骨が浮き上がるのがいい。
 耳から首へ、首からうなじへ、うなじから肩へと続く末広がりのライン。骨格の硬さと筋肉の動きがわかる、その空間。

 はぁ〜たまらん。
 触りたくて仕方がない。

 眼鏡大好きな俺こと、藤田悠貴は、いま隣で接客している立花君を穴が開きそうな勢いで見つめている。

 やっぱり、いいなと思う。
 眼鏡が似合うという意味で。

 俺からの熱い視線に気付き、立花君が困ったように顔をしかめて、こちらをチラチラ伺っているのがわかる。

「そんなに見つめないで下さい。穴が開きます」
「いいねえ〜、その開いた穴に色々と入れてみたいものだね、立花君」

 俺の吐いた言葉に、レジに並んでいたお客様の空気がピシリと凍りつくのがわかった。

「藤田サン、仕事しましょう〜よぉ〜」

 もう参った、トホホ…といった感じに目尻を下げて、立花君はため息混じりに俺に顔を向けてきた。
 それでも商品を袋詰めする手元は止まっていない。さすがプロだね、立花君。


 ああ、いい男だなと素直に思う。眼鏡を掛けたらもっとカッコイイのになと思う。その眼鏡を俺に選ばせてくれたらいいのにな、とも思う。

「…立花君!」
「もう〜何ですか?」

 俺は彼の手をとり、呆れたように返事をしてくる立花君を見上げて、いま浮かんだ素敵アイディアを彼に伝えた。

「デートだ、立花君。デートしよう!」
「はぁぁぁ〜っ!?」

 暮れなずむ街角の夕日に包まれたコンビニのレジの中で、男が男の手を掴んで叫んだ言葉は、店内にいる全てのお客の動きを止め、時間の流れすらスローにさせて、
 立花君の顔を盛大に紅く、そして急激に蒼くさせたのだった。


さあ、立花君の明日はどっちだ!

「こっちのような気がするよ、立花君!」
「そこは裏口ですってば」


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