ブラウン・シュガー 3
「それで、何色なの?」
貰ったコーヒー豆の感想と共に、和臣が今日あった事の顛末を話し終えたところでヒロは改めて訊ねていた。
和臣は仕事上がりにヒロの店に寄り、明日は公休なのでそのまま泊まることになった。
簡単な夕食を済ませて、今はちょうど食後のコーヒータイムだ。
「恋人を色に例えると何色ですか?」という加藤の質問バトンはその後オフィスを回り、皆それぞれに頭を捻っていた。
和臣は…といえば、実はそんなに悩むことなくヒロの持つ色のイメージを思い浮かべていた。
「うん、ヒロはね、アイボリー」
「…アイボリー? そんなに優しいイメージなのか」
「真っ白じゃないところがいいな〜と思ってさ。白だと綺麗すぎるだろ。あんまり白いのは冷たくて嘘臭い感じがするから。だからアイボリー」
優しくて暖かい。けれど強さを秘めているようなそんな色。どんな色にも合わせることが出来て自己主張もする。真っ白ではない様々な経験を織りまぜた色。
柔らかな強さ。
それが和臣の持つヒロへのイメージだ。
「オレは何色?」
和臣は反対にヒロに訊ねてみた。
少しだけ考える素振りをしてからヒロはにこやかに答えた。
「和臣はライトブルーだよ」
「ハッ、爽やかだな」
「初めて会った時にね、何て言うのかな、周りの空間が広がるような感じがしたんだよ。頭から上に抜けていく感じ。空が見えるような感じ。わかるかな」
高校の狭苦しい教室の中で、何故か和臣の周りだけは軽やかな空気が吹いているような爽やかな雰囲気をしていたのだ。
それが恋心だったなんてあの頃の自分はわからなかったけれど。
「そうか、爽やかなオレなのね〜」
まんざらでもない様子の和臣にヒロは新たにコーヒーを淹れた。
「そういえばさ、例の加藤犬が面白いこと言ってたんだよ。あいつの恋人っていうか好きな人のイメージカラーってのが面白くて。何色だと思う?」
「さあ」
「あのね、毛布みたいな色だって」
「毛布…ブランケットの毛布?」
「そう、Blanket!」
和臣はわざと綺麗な発音で言ってみせた。
「毛布か。カラーバリエーションは豊富だね」
「そうなんだよ。意味がわからないから良く良く訊いてみたらさ、好きな人ってのが暖かくて優しいんだと。バカな自分を理解してくれて励ましてくれるんだとさ。だからイメージカラーじゃなくて、好きな人が毛布みたいに暖かいってのが正解なんだ」
あいつはやっぱりズレてるよと言いながら和臣が何処となく楽しげなのは、その加藤という青年が可愛いからだろうとヒロは思った。
そして、その毛布の君が誰なのか何となくわかるような気がしていた。
「和臣」
「ん?」
「その加藤さんに優しくしてあげてね」
「言われなくても、オレは元々優しい先輩だよ」
「そうか…そうだね」
ヒロはテーブルに置いてあるシュガーポットから角砂糖をひとつ摘まむと、自分のコーヒーに落とした。
「砂糖入れるなんて珍しいな」
「そう? たまには甘いのも飲みたくなるよ」
ヒロは静かに笑ってみせた。
シュガーポットの角砂糖は薄茶色。真っ白にはなりきれない自分のようだ。
誰もが幸せになればいいのに。ヒロは心の奥底で、これから先も会うことはないであろう加藤の幸せを願った。
不意に窓ガラスを叩く風が吹いた。
外はもう、冬の気配が迫っている。
【fin】
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