ブラウン・シュガー 2


 ケトルがシュンシュンと軽い音をたて始めると、和臣は火を止めてペーパーフィルターを大きめのコーヒーサーバーにセットした。
 挽きたての豆をいれて中央を窪ませると、円を描くようにケトルから少しずつお湯を落としていく。

「上手いもんですね」

 和臣の手元をじっと覗きこんでいた加藤が感心したように呟いた。

「まあな。恋人直伝だからな」
「カズさんの恋人って、バリスタなんですよね」
「ああ。アメリカで修行して資格取得したんだよ」

 凄いですよねと小さく言葉を溢すと、加藤は何ともいえない顔をしてネクタイの先を指先で弄り回してみせた。

「何でオマエがいじけるんだよ」
「だってカッコいいじゃないですか。海外で修行なんて。凄い行動力があって。俺なんてバカだし」

 さっきまでの笑顔が消え失せて、ショボンと垂れ下がった尻尾が見えそうなほどだ。
 和臣は吹き出しそうになりながらも、空いている左手をポスンと加藤の頭に乗せてグリグリと撫で回してやった。

「オマエは本当にバカだ。バカだから自分の良さに気づかないんだ。オマエはオマエだ。他人と同じになっても意味がないだろが」

「カ、カ、カズさん、それカッコいい〜」
「今頃気づいたか、遅いんだよ」

 和臣は復活した尻尾を確かめると、棚から人数分のマグカップを取り出しトレーに並べ始めた。
 濃いセピア色に光るコーヒーを注ぐと、自然に笑顔になる自分に気づく。
 それをじっと見つめる加藤犬の視線すら気にならなかった。

「カズさんの恋人って、色に例えると赤ですか? 行動力あるし」
「ん〜、赤って感じではないな。確かに芯は強いと思うけど。…ほら、コーヒー配るの手伝えよ」

 色とりどりのマグカップの乗ったトレーを加藤に押し付けると、和臣はコーヒーフィルターを片付け始めた。
 加藤はぎこちなくトレーを両手で持つと、それぞれのデスクにマグカップを配って回った。

「おお、加藤犬、ありがとな」
「誰が犬ですか」
「いいじゃないか。加藤、可愛いよ、加藤」
「頭を撫でないで下さーい。セクハラでーす」

 わざと棒読みした言い方に、ドッとオフィスが笑いで溢れた。
 加藤はやはり憎めない性格をしているのだ。
 給湯室から戻った和臣は自分のデスクに腰を下ろすと、マグカップを手に取り中を覗き込んだ。

 ゆらりと立ち上る湯気に、一瞬、ヒロの笑顔が見えたような気がした。


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